あのとき、僕は確かに彼女を愛していた。と思う。
気持ちに名前を付けるなら、それは「愛」と呼ばれるものだと思っていたし、それ以外のなにものであるか、なんて考えたこともなかったからだ。そんな自分を、いまなら「無知」と名付けるだろう。
1. その1 - その5
あのときの僕の話をしよう 1
その1僕たちは愛し合っていた。多分。ふたりだけでいるときはいつも抱き合っていて、飽きることなくキスに酔っていた。彼女のすんなりと伸びた腕が僕の首に絡み付く。それ...
2. その6 - その10
あのときの僕の話をしよう 2
その6何しろ彼女は特別だった。僕にそう思わせていたのは彼女の容姿や学歴や趣味が抜きん出て素晴らしいからではなく、すべては彼女との情交に集約されていた。「からだに...
3. その11 - その15
あのときの僕の話をしよう 3
その11容赦なく口の中にねじ込まれる彼女の薬指に、僕はそっと歯を立てた。「もっと強く」力いっぱい噛んだらちぎれそうなほど細い指。どうして彼女はこんなことを求める...
4. その16 - その20
あのときの僕の話をしよう 4
その16「こんなに好きなんだけどな」抱き締めても溶け合わない、混ざり合ったりはしないふたつのからだ。そうか、こんなとき彼女が言うように「溶けてひとつになれば」彼...
5. その21 - その25
あのときの僕の話をしよう 5
その21「じゃあ僕のためだったら結婚してくれる?」なるべく不自然にならないように、それとなく彼女に伺う形で僕は産まれて初めてのプロポーズを終えた。「それが本音な...
6. その26 - その30
あのときの僕の話をしよう 6
その26どれだけ寂しくても、どれだけ不安でも、容赦なく陽は昇り朝はやって来る。昨日の夜抱き締めた彼女のぬくもりは消え去っていて、体温の低い僕はひとりで上手にから...
7. その31 - その35
あのときの僕の話をしよう 7
その31気落ちする彼女を抱き締めて、口移しでシャンパンを注ぎ込む。大丈夫、サプライズがきみにとって本当の意味で驚きだったことは残念だけど、僕はこんなにきみを愛し...
8. その36 - その40
あのときの僕の話をしよう 8
その36僕が言い出さなければ彼女からその話が出ることはないだろう。相応しくないとか、わたしのためっていうのはイヤだとか、なんだかんだ余計なことを考えてどうせ彼女...
9. その41 - その45
あのときの僕の話をしよう 9
その41緩い暗闇の中で、心もからだも黙り込んだ僕に彼女が告げる。「…みっちゃん、LINE、会社のひとからじゃない?」「え?」その途端視界が明るくなって、目の前に...
10. その46 - その50
あのときの僕の話をしよう 10
その46「楠本さん、全然気付いてないんですか?」「何に?」世界一不幸な彼女が羨ましいって話はどこに行ったんだろう。「部内は当然、社内でもモテモテなのに」「そうな...
11. その51 - その55
あのときの僕の話をしよう 11
その51どうやって帰って来たのかわからないくらい、僕は動揺してたみたいで、出勤する時車を見たら、きれいにバックで停めてあって笑いが込み上げた。余裕じゃないか。憶...
12. その56 - その60
あのときの僕の話をしよう 12
その56「高学歴、高収入、高身長、イケメン、イケボの楠本さんがフラれるなら人類はみんなフラれますよ!」「学歴とか、恋愛に必要なもん?」「要らないですね!」「です...
13. その61 - その65
あのときの僕の話をしよう 13
その61「…いいけど」なんで手なんだろう。湊に左手を差し出すと、両手でそっと触れながら、「楠本さん、指長くて細くて手が大きくてきれいだなあってずっと思ってたんで...
14. その66 - その70
あのときの僕の話をしよう 14
その66「理想的か? フラれるかもって泣いて真夜中に後輩の部屋でこんなことしてる僕が、彼女を大切にしてそうか? 憧れる要素なんてどこにあるんだよ」高まる感覚とは...
15. その71 - その75
あのときの僕の話をしよう 15
その71いま僕はどうすることが正しいんだろう。背中で泣く彼女を優しく抱き締めればいいのか、激しく求めればいいのか、冷たく突き放せばいいのか。結局、抗えずに抱き締...
16. その76 - その80
あのときの僕の話をしよう 16
その76「忘れもの」「ありがと、スマホないと不便なものね」「そうだろうね」「…入らないの?」「ん、遅いかなと思って」「せっかく来たのに、あがればいいじゃない」そ...
17. その81 - その90
あのときの僕の話をしよう 17
その81僕はどうしたいのかな…まだ彼女のことを愛しいと思ってるんだろうか。他の男の腕の中で眠る彼女を…むしろ、他の男の上で喘ぐ彼女を。胸の奥が締め上げられるよう...