その81
僕はどうしたいのかな…まだ彼女のことを愛しいと思ってるんだろうか。他の男の腕の中で眠る彼女を…むしろ、他の男の上で喘ぐ彼女を。
胸の奥が締め上げられるような感覚に吐きそうになるのと同時に、なぜかそれを詳細に想像すると、脈が速くなるのを感じた。憤りではなく、悲愴感でもない。
彼女を後ろから抱き締め、耳を噛んで囁くと、彼女は泣きながらごめんなさい、と繰り返した。
「どうやって抱かれたか、最初から教えて」
他の男と同じ手順で、同じ強さで、同じ速さで、僕に抱かれる彼女は何を感じるだろう。
その82
「いや…やめて…ごめんなさい」
「何がごめんなさい?」
「みっちゃんを傷付けてごめんなさい」
「うん、だから、教えて」
「無理…やだ」
「悪いと思ってるんだよね?」
「思ってるから」
「だから、教えて」
「どうして!? なんでそういうことしようとするの!?」
「…教えて?」
「みっちゃん…」
「許して欲しいなら、教えて」
傷付けたいのか、傷付きたいのか、最早わからなかった。その両方かもしれないし、自暴自棄になってるだけかもしれない。ただ、自分の知らないやり方で鳴く彼女を、その声を、その顔を確かめたかった。
その83
言われた通りに舌で口をこじ開け、彼女の舌を舌先でなぞり上顎をゆっくりとくすぐった。下唇を緩く噛んで優しく吸うと、彼女が吐息を漏らす。
そうか、よその男はこんな風にきみを抱くのか。
触れると敏感に肩や腰を跳ねさせ、時折身をよじりながら切ない声で鳴く彼女は、どこからどう見ても卑猥で淫らで、美しく綺麗だった ──
「楠本さん、おはようございます」
「おはよ」
「体調優れないんですか?」
「え、なんで」
「顔色悪いですよ?」
「そう?」
津川が医務室行ったほうがいいですよ、と言い残して去った。
問題ないよ。
その84
「本社、行こうかな」
ぼそっとつぶやくと、目の前で湊と津川の動きが止まった。日替わりランチの白身魚のフライをボロボロにほぐしてたら、何やってんだ、と笑いが込み上げた。
「…男性は出世したいものでしょうね」
湊が溜息を吐くと、津川が「森山課長みたいに左遷の憂き目に遭うこともあるけどね」と止まっていた手を動かし始めた。左遷ねえ…て…いま、何て?
「開発のEP課長、森山…何? 下の名前」
「確か稜志だったかと」
森山 稜志 ──
彼女のLINEで見たような気がするけど、彼女が知らないはずないな。
その85
「出世、したいですか」
湊がやけに真面目な顔で訊いて来る。
「本社のEPに興味はあったけど」
「過去形?」
「一身上の都合により、パスだな」
「本気ですか? 栄転なのに」
「…湊は行って欲しいわけ?」
あ、いま試すような訊き方してしまった。
「もちろん、行かないで欲しいです」
「栄転なのに?」
「栄転なのに、です」
「…なんで?」
返って来る答えを知りながら、それでも確かめたくて湊に訊く。
「それは…楠本さんが好きだからに決まってるじゃないですか」
誰もいない休憩室で、湊にキスをした。
理由は見つからなかった。
その86
浮気相手とどうしてたのか、最初から最後までなぞるように彼女を抱いて、浮気を許す条件にした。
許すことはできても、忘れることはできないって本当なんだな、と事ある毎に思い知らされる。知らなければよかったのかな。気付かなければよかったのかな。
裏切られたのは僕のほうなのに、僕のほうが苦しむのはおかしくないか…
「湊、予定なかったら飲みに行かない?」
「あっても断って行きます!」
「…下心、あるけど」
「無問題です」
沖縄料理を出す居酒屋で、湊に豆腐ようの塊を食わせ爆笑した。
涙目の湊が可愛かった。
その87
「わあ、夜景きれいですねー!」
窓辺で湊が驚いたような声を出す。いや、そこまでの高層ホテルじゃないと思うけど。
なんとなく気恥ずかしくて、普通のホテルで部屋を取った。ベッドに腰をおろしネクタイを緩めると、湊が笑う。
「なに、またキュンとしてんの?」
「殺しに来てますよね!」
湊の腕を掴んで引き寄せ、つまずくように湊が胸に飛び込んで来る。ただ何も考えずに抱き締めていると、湊の体温に気付いた。
「楠本さん、いい香りしますね」
「…え?」
「香水つけてます?」
「あ、うん、少し」
心臓が高鳴った。
その88
シャツのボタンを外したら、湊が「シャワーして来ていいですか!?」と慌てた。そのままでいいよ、とシャツを脱がすと、申し訳ないので!と立ち上がる。腕を掴み「そのままがいい」と抱き寄せたら、両手で顔を覆いながら、恥ずかしいと言う。
「…どうせ恥ずかしいことするのに?」
湊の首筋に舌を這わせ、耳を噛むと、聞いたこともない声をあげて、からだを震わせた。…なんだか悪いことしてるような気持ちになるな。見た目が幼いからかもしれないけど。
「湊、下の名前なに?」
「…りっか」
「六つの花?」
「はい」
六花。
その89
「あの、確認してもいい?」
「…どうぞ」
「…いいの? こう、僕のワガママみたいな感じで」
「ここでダメって言ったら楠本さん帰りそうですね」
「まあ…」
「何があったのかは訊きません。いまの楠本さんが好きなので」
動物じゃなく、男として求められているんだろうなと思えたのは久々で、どこまで許されるのかがわからなかったけど、爪先にキスをしたら驚かれたから多分この辺がギリギリなんだろうな。
こんなに緊張するのも久々だけど…
いつも見てる湊がまったく違う顔をする。
湊じゃなくて、六花の顔なのかもしれない。
その90
脚の間に顔を埋めると、湊は慌ててからだを起こし僕を止めた。
「シャワー…してないので…」
「うん」
それが何だっていうんだろう。
一番敏感であろう部分をゆっくり刺激しながら、悲鳴にも似た声で鳴く六花の逃げるからだを押さえ、あふれる体液を舌で確かめる。刺激…強過ぎるんだろうか…
「楠…本さん…だめ…で…す」
「…宗光」
「…えっ」
「名前で呼んで、ヨさが増すから」
六花は僕の名前を呼びながら、シーツを握り締めからだを震わせる。細くて従順なからだは汗を滲ませて、弓のように仰け反った。