あのときの僕の話をしよう 11

あのときの僕の話をしよう
物 語

その51

どうやって帰って来たのかわからないくらい、僕は動揺してたみたいで、出勤する時車を見たら、きれいにバックで停めてあって笑いが込み上げた。余裕じゃないか。憶えてないけど。

やっぱり僕じゃダメなのかな。もう少し上手くリードする男のほうが、彼女は安心するのかな。愛してるはずなのに、遠過ぎてわからないことが増える。彼女にとって…僕は何者なんだろう。

「…楠本さん」「!!」

突然肩を突っつかれて覚醒する。

「役員視察の最中ですよ」「あ…悪い」

本社のお偉いさんの前で居眠りするくらい、僕は疲れてた。

 

その52

「お疲れですか?」

湊がコンビニのコーヒーをどうぞ、とくれた。

「疲れてるのかな」
「毎晩遅いですもんね」
「うん、それはまあ慣れてるから」
「彼女さん、ですか?」

女って生き物はこういうときなぜこんなにも勘が鋭いんだろう。

「まあね」
「えっと…何かあったんですか?」

うん、あったけど職場で話す内容じゃないよな。

「フラれるかも」

笑いながらサラッと言ったら、思いのほか湊が驚いて、それを見た僕も驚いた。え、そんなに驚く話? 僕はいつだってフラれることも考えてたけど、そんな、寝耳に水みたいな顔されても。

 

その53

「みんな楠本さんたちに憧れてたんですよ」
「憧れ?」
「彼女さん大切にしてて、理想のカップルだって」

…昨日寸止めされたまま放置された挙句、他の男から電話掛かって来て、居心地悪くて帰って吐いた僕と彼女が理想的?知らないって恐ろしいな。どこまで僕はいい彼氏なんだ。

「理想、低いねえ…」
「そんなことないですよ」

「僕は頼りないのかな…」ひとり言のつもりだった。

「とても頼りになる先輩ですけど」
「…それはありがとう」
「楠本さん、残業後お時間ありますか?」

残業前提で話をするなよ縁起でもない。

 

その54

真夜中に僕が帰ったことを知ってるのに、連絡がないってことは、まあそういうことなんだろう。僕から連絡し難いこともわかってるはずだよな。LINEひとつ打てないほど忙しいわけじゃあるまいし。

僕は一所懸命、湊とごはんに行く理由を、行って当たり前の理由を並べる。彼女のほうから距離を置いたのだという事実をかき集める。

呪いの言葉どおり残業を終えると、湊がお疲れさまです、と寄って来た。

「もしかして待たせた?」
「大丈夫です。行ってみたかったお店があるんです」
「駐車場ある?」「はい」

罪悪感もない。

 

その55

こんな夜遅くに随分と小洒落た店が開いてるんだな…職場から彼女の部屋に直行してて、全然知らなかった。

「楠本さん、辛いの大丈夫でした?」
「うん、平気」

ネクタイを緩めると、湊が笑った。

「…何?」
「女子の好きな仕草ナンバーワン」
「ネクタイ?」「はい」
「へえ…キュンと来た?」「はい!」
「安いな」

社内の男はみんなキュンとさせてんのか。

「で、いつフラれるんですか?」

まさかその話をするためにわざわざ?

「呪詛唱えないでいただけます?」
「楠本さんでもフラれる世の中かあ」
「確定かよ」

湊が笑う。