あのときの僕の話をしよう 16

あのときの僕の話をしよう
物 語

その76

「忘れもの」
「ありがと、スマホないと不便なものね」
「そうだろうね」
「…入らないの?」
「ん、遅いかなと思って」
「せっかく来たのに、あがればいいじゃない」

そう言われてあがった部屋は、通い慣れ見慣れてるはずなのに、どことなく落ち着かない気がした。 ベッドに腰掛ける僕に抱き着き、なんだか久しぶりな気がする、と彼女が言う。

「そうだね」

昨日も一緒にいたけど、それはなかったことになってるのかな。彼女の背中に手を回すと、彼女の腕に力が入る。

「…森山さんとはいつ別れるの?」

彼女がからだを離す。  

 

その77

「中、見たの?」
「…クリスマスの東京出張も、最初からそのつもりで?」
「どうして探るような真似するの?」
「本命は森山さん? それとも後輩くん?」
「やめてよ…」

それは僕のセリフだと思うけどな。

彼女のLINEには、愛し合うふたりの会話が繰り広げられていた。ご丁寧にクリスマスプレゼントの話や、ご両親に挨拶に行く話まで。後輩くんは彼女にベタ惚れの様子で、僕とのことを相談する彼女は、破局をほのめかしながら後輩をつなぎ止めているようだった。

「なんで?」
「…みっちゃんにはわからない」

わからないね。

 

その78

「まさか浮気する時間があるとは思ってなかった」
「…浮気じゃないもの」
「本気ってことか」
「好きじゃないから」
「どういうこと?」
「好きなのはみっちゃんだけだもの」

意味がわからない。好きでもない男と密会して、結婚の話までするもんか?

「好きなのはみっちゃんだけなの」

それを信じろって言うほうがどうかしてる。

「じゃあどうして好きなひとに嘘ついて、隠れてコソコソ他の男に逢ってんの」
「…不安だったの」
「何が?」
「みっちゃんに捨てられたらどうしようって」
「だから他の男で保険かけてんの?」

なんだそれ。

 

その79

「捨てられるのが怖かったの」
「そんな話、一度でも出たことある?」
「だって、わたし何も持ってないもの」
「持ってないって?」
「なんの取り柄もないし、特別なこと何もできないし」

きみがそれを言うと、単なる嫌味にしかならないと思うけどな。

「みっちゃんが好きなの…みっちゃんしか好きじゃない」

泣く彼女を見ながら、抱き締めてあげたいと思う自分と、冷めて行く自分を感じる。

彼女のスマホを取って、彼女に差し出した。

「僕か、相手かどっちか選べ」

目の前で別れ話をしてくれと言うと、彼女は首を振った。

 

その80

「別れるつもりはないってこと?」
「別れるけど」
「じゃあ目の前で電話できるでしょ」
「…相手にも嘘ついてて、傷付けるわけだし」

浮気相手のメンタルケアを優先させる意味がわからない。

「ちゃんと別れるから」
「僕と別れるって方法もあるけど」
「それは嫌…彼のことを愛してるわけじゃないから」

僕が頼りないとか、安心できないとか、彼女がたまに心を閉ざすのはそういう理由だと思ってたけど、まさか「捨てられたらどうしよう」と言われるとは思いもしなかった。

そんなことを思わなくちゃいけないほど、僕は遠いのか。