第七十二話 鳴かぬ蛍が身を焦がす 其の弐
── 「好き」と「嫌い」の境目ははっきりとわかるのに、「好き」と「愛してる」の境界線がわからない。
ただ、あの日から時々上手く泳げなくなった。
期待できない代わりに期待されないお気楽な毎日は退屈で、緩慢で、安全で、セックスですら毒にも薬にもならなかった。だから溺れたときの対処法なんて、考えたことすらなかった。
うつ伏せで尻を突き出す湊の腕を掴みカラダをひっくり返すと、耳どころか首まで真っ赤になりながら慌てて顔を背けた。ああ、オレは話す相手によって言葉の言い回しなんかを変えるけど、湊は誰に対してもほぼ変わらないから……お下劣な単語っていうのは聞くだけで恥ずかしいもんなのか?
仰向けにした湊の脚を持ち上げ尻に愚息を押し当てると、力を入れるまでもなくヌルッと吸い込まれた。そりゃそうだ、あのタイミングでおあずけ食らってんだから是が非でも欲しいだろう。
このまま逃げ切られても困るので、たっぷり時間を掛けながらゆっくりと引き抜き、同じくらい時間を掛けながらゆっくりと挿し込むという動作を三往復ほど繰り返す。ビクッとカラダを震わせた湊は、まるで泣き腫らしたような目でオレを見上げた。
「……言わないとやめちゃうよ?」
「や、だ…あ…っ…うう…」
「じゃあ言ってみて? 一言一句間違えずに」
「…っ、無理…言えな…」
「どうして?」
「無理……恥ずか…過ぎる」
「そ、じゃあしょうがないね」
湊の体内からゆっくり愚息を引き抜こうとすると、ぎゅうっと肉壁が絡み付き締め上げられる。意図してやってるのか無意識なのかわからないけど、どっちにしてもエロいことに変わりない。
「放すまいといやらしくしがみ着いて来るんだけど?」
「ふ…っ…抜か、ないで…」
「言えばイかせてあげるよ?」
「久御山ぁ……お願、い…」
口唇を震わせ哀願する湊を見下ろしながら、適度に抜き挿しを繰り返す。
「どうしても言いたくない?」
「言え…ない……」
「そっか……でもそれってさ、藤城は恥ずかしくて言えないってだけで、オレには言えるわけよ」
「…ん……っ…うん…」
「何を恥ずかしいと思うか、なんてひとそれぞれじゃない?」
生かさず殺さず、相手の快感を維持し続けるのは結構難しい……うっかりすると自分がイく可能性もあるし、はたまた萎える可能性だってある。しかも、オレのほうが絶対的に不利だ。
「ねえ、オレがいましてることって、愛なの?」
「わかんな…あ…っう…あ、あ、あ…」
「それ、誰が決めるの?」
「えっ……どういう…意味…?」
「こういうことに愛情感じるヤツもいるよね、きっと」
「うん…それはわかる…」
「オレが愛情だって言えば、これって愛なんじゃないの?」
湊の左腕を掴み、その指を咥え音を立てながら舐めると、わかりやすく湊の腰が跳ね上がる。指を伝う唾液が手の甲を濡らしながら手首に流れ、それからポタっと湊のカラダの上に落ちた。
「藤城のココ、キュウキュウ締まるんだけど」
「…っ、だって…」
「オレがさ」
「うん…」
「一言一句間違えずに言ってくれたら、藤城の愛感じるんだけどな、って言ったらどうする?」
「えっ……」
「どんな気持ちを愛って呼ぶか、正解なんてあんの?」
湊の指を舐めながら、動かした腰を押し付けてそのカラダをこじ開ける。悲鳴にも似た鳴き声が限界に近付いたところで動きを止め、泣きそうになっている湊を見下ろす。
オレは湊に対する気持ちを迷っていたわけじゃない。その気持ちを「愛」と呼んでいいのかどうか、迷っていただけで。
言葉を覚え、物の名前を覚えても、誰ひとり正しい恋愛感情について講義してくれるひとはいなかった。好きだって気持ちと恋愛感情が別だとしたら、好きだっていう気持ちの境目ってどこなんだ。
性欲と愛情はイコールじゃないにしても、愛情には性欲が内包されてるんじゃないのか?
オレが湊とセックスしたいと思うのは、単なる性欲だとでも言いたいのか?
万人が納得する答えなんてオレにはわからん。湊が他のヤツに触られるのがイヤだってのも愛情じゃないというなら、「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」としか言えない。
汗ばんだ皮膚が湿り気を帯びた音でパンっと鳴るたびに、湊の吐息に掠れた声が混じる。右手でシーツを握り締め、仰け反りながら爪先に力を入れ、カラダの至るところを震わせ淫楽に堕ちて行く湊は、あの時以上にオレを執着させる。
「はっ…は…っ…あっ…くみや…あ、も……」
「おまえと一緒にいたいし、寂しくさせたくないし、なんでもしてやりたいし、他の誰にも触らせたくないし、口唇も舌も舐め溶かしたいし、敏感な乳首噛んでヨがらせたいし、ピンク色の可愛い尻の穴吮めたいし、内側思いきり突き上げたいし、泣きそうな顔見たいし、エロい鳴き声聴きたいし」
「あ、んう…っ…あ、あっ、はあ…っ…止まら…いで」
「美味そうに尺ってる顔も、根元まで咥え込んで震わせてる尻も、涼し気な顔からは想像も付かないような巨根も、細いくせに筋肉質なカラダも、おとなしそうに見えて実はドSなとこも、思慮深いのに口下手なとこも、案外大雑把なとこも、イケメンのくせに見た目こだわらないとこも、全部そそるし」
「ん…っ…ん……」
「そう思うオレの気持ちを……おまえが愛だって言うなら愛だし、恋だっていうなら恋だよ」
「……えっ…」
「全部おまえのもんだから、おまえが名前を付ければいい」
「……あ…っ…」
「そしたらオレ、もう迷わなくて済むから」
「ふ…っ…あ…」
「湊……」
縋るような目でオレを見上げ、そして湊は枕に顔を半分埋めて浅く速い呼吸を繰り返した。
「僕……」
「うん」
「ぼ…くの…やらしくヒク付い…てる淫乱な、お…マ…ンコ…賢、颯の…硬くて太い、ち…んぽで擦って…気持ちく、して…」
「…っ!!!!!」
……言いよった……しかもオレが言った台詞、ブラッシュアップされて更にエロくなってるし……!!
「バカおまえ…秒殺する気か…!」
「あっあ…っ…賢…颯、イイ、気持ちい…くぅ…ん…溶け、ちゃう…」
「オレのほうが…ヤバいっつの…」
「賢颯っ…はあっ…あ…っ…あ、賢颯…けんそ…賢颯……硬くて削れる…」
「こっちは熱くて溶けそうだよっ」
「はっ…は…っあ、イく…けんそ…あ、イく…も、賢颯以外でイけないカラダにして…っ…」
きれいな湊から卑猥な言葉がこぼれて、オレはどうしようもない背徳感と興奮で、全身がゾクゾクした。
「はーっ、はーっ、はーっ……おまえがあんなこと言うから、治まんねーじゃねーか!」
「い、言えって言ったの、賢颯なのに…」
「はあ……キュン死するわ…」
「キュン、とはちょっと違うんじゃないの…」
「あーもー、どーしてくれんだコレ」
「……可愛がればいい? それとも、いじめればいい?」
「…っ、え、ちょ、湊…」
お、お代官さま……お戯れを……!!
───
散々焦らしまくってイったあと、それじゃ治まらなくてそのまま延長戦にもつれ込み、なんだかんだ体内で三回、口内で二回出したことを考えるとオレのヤりたい盛りっていまなんじゃねーの、と笑いさえ込み上げた。
「……あっ!」
「…っ、ビックリした……どうした、いきなり」
慌てて飛び起き、横たわる湊の脚を持ち上げ膝を立てる。
「何…?」
「ちゃんと中で出したの初めてだから」
「ちゃんと、の使い方微妙だけど、それで?」
「溢れて来るとこ見たいなあと思って」
「…ッ、バカ! やめろ!」
って言われてやめるわけがないこともわかってるだろうから、ここは力尽くで脚を左右に開く。
「……あれ? 薄い本みたいにトロォ…って擬音付きで溢れたりしないの?」
「薄い本、ておまえ……何期待してるんだよ…」
「コプ…ッ、とかって流れ出して来るもんだとばかり」
「力抜けば出て来るだろうけど…」
「抜いてっ!」
「やだよ、バカ!!」
「なんで!?」
「なんで!? じゃない、シャワーして来るから放せ」
「ダメ」
「なんでそんなものが見たいんだよ!」
「……初めてだから?」
「あのな……そういうのは女の子も変わらないだろ…」
「女の子相手に中出ししたことなんてないし、アナルセックスしたこともない」
「AVとかで観たことあるだろって話だよ!!」
「目の前で見たいんだよ!」
「おまえ、その情熱を世界平和か何かに向けろ!」
「じゃあその第一歩として、オレと湊の平和のために力抜いて」
「……このやろ」
シーツや枕をかき集め顔を覆った湊の脇腹をひと差し指でツーっとなぞると、ビクッと腰を浮かせ太腿を震わせる。ほんと、全身性感帯だよなあ、と思いながらも一点を凝視するオレは、湊の体内から流れ落ちる体液に釘付けになった。
「……エッロ…」
「もういいだろ!? 放せっ」
「湊のカラダからオレの精液が出て来るって……エロ過ぎない?」
「おまえが! 中で! 出したからだろ!」
「まあそうなんだけど……勃って来た」
「ウサギか! おまえは!」
「え、オレそんなに可愛い?」
「年中発情してるだろ、って意味だよ…」
「そうねえ……オレが発情しなくなったらどうする?」
「……心配になる…主に体調面が…」
「だろ? じゃあほら、愛感じさせてよ、愛」
「感じさせ…って、どうやって!?」
「さっきみたいに言って! ほら! 愛感じるから!」
「……物理的に感じさせてやるよ」
「えっ……」
「直腸S状部、ブチ抜けばいいんだろ?」
「ま、待って! 待って待って湊!」
「愛……感じさせて欲しいなあ…」
何度も、何度も、何度も、何度も、オレたちはすれ違い、確かめ合い、抱き合って、またすれ違った。もう大丈夫だと思った矢先に迷い、悩み、それでもまた寂しくて愛しくて手を伸ばした。そしていま、また同じことを繰り返し抱き合って眠る。
懲りないよなあ……隣で寝息を立てる湊の顔を眺めながら、嬉しいような切ないような気持ちを噛み締める。まつげ長いな……口唇フワフワだし……こんなきれいな顔して、あんなことやこんなことを……あ、いかん。また邪なことを考えてしまった。
「……好きなもんはしょーがねーよな」
どうせすぐすれ違って同じことの繰り返しを嘆く。でも、一緒ならなんとかなる、という根拠のない安心感が確かにオレの胸の内側に広がった。