第七十一話 鳴かぬ蛍が身を焦がす 其の壱
── 初恋は実らない…
単なる都市伝説かと思っていたら、いろいろなところで行われたアンケート調査の結果、八割の男女が「初恋は実らなかった」と答えているという。最も多かった理由は「経験不足による距離感のすれ違い」で、お互い積極的になれずコレジャナイ感に苛まれ結局別れを選ぶのだそうだ。
***
「……藤城っ!」
聞き慣れた声で呼ばれる慣れない名前に、僕はただ振り返った。駅の前はたくさんのひとで溢れ返っているのに、その声に反応したのは僕だけだった。
「久御山……どうし」
目に飛び込んで来たのは、息を切らしながらこっちに向かって来る久御山の姿だった。ああなるほど、なんとなく名字で呼ばれた理由がわかった気がして、思わず涙腺から滲み出しそうになる涙を堪えようと、眉根に力が入る。
「…どうしたの?」
久御山は何も言わずに僕の肩からスポーツバッグを奪い取ると、軽くなった僕の腕を掴んで歩き始めた。あんな風に背中を向けてしまったから、ちゃんと話をしてきっちりけじめを付けたいってことだろうか。あえて僕が避けた展開になりそうで、胸の奥がズシッと重くなった。
再び戻って来た久御山の家の玄関で中に入っていいのかどうか迷っていると、「入れよ」と部屋の奥から促され僕はゆっくりと靴を脱いだ。
「はい」と渡された麦茶のグラスを、腰掛けたソファで握り締めながら耳を澄ます。
「恋愛じゃない、って言うならオレたちは友達? それともセフレ?」
ああ、やっぱりその話に突っ込んで来るのか。
「……友達みたいなもの、かな」
「友達同士ってセックスするもん?」
「するひともいるんじゃないかな」
「ふうん……それをセフレっていうんじゃないの?」
「……そうか…そうだね…」
僕の胸の奥はますます重くなった。セフレ、って言葉の響きが受け入れられないんだろうか、久御山の中で軽くなって行く僕の存在が受け入れられないんだろうか。身体の関係があっても、ただの友達より軽くて遠い “セフレ” という間柄に、なんの未来も期待も見出せないことが寂しいんだろうか。
「別に友達でもセフレでもいいんだけどさ」
「…うん」
「本当は追い掛けるつもりもなかったんだけどさ」
「うん」
「でもこのままだと、それこそ同じことの繰り返しじゃねえの、って」
「……うん」
「いつもと違うことしてみたら、活路が見出せるかもしれないな、って」
「活路?」
隣に腰を降ろしていた久御山はギシっと立ち上がり、少し俯いた僕の足元に座り僕の顔を見上げた。
「オレの気持ちが恋愛じゃないってのはわかったよ」
「…そっか」
「それでおまえは?」
「何が?」
「オレの気持ちが恋愛感情じゃないとして、おまえの気持ちはどうなの?」
「……訊かなくてもわかってるだろ」
「わかんないから訊いてるんだよ」
「わかんないわけないじゃん……二年前から変わってないよ…」
「……変わってないって?」
僕の脚を左右にかき分け、その間に身体を収めた久御山が僕の手からグラスを取り上げ床に置く。それから僕の指先を握り力を入れたり抜いたりしながら、僕の感触を確かめるように優しく揉み続けた。
「好きなままだよ……何も変わらない」
「それって間違いなく恋愛感情なの?」
「わ、わからない…けど…多分…」
「ふうん……あのさあ…」
「うん、何?」
「オレが藤城のために我慢するのっておかしいの?」
「我慢、って……何を?」
「おまえが他のヤツに抱き着かれたりするのとか」
「なんで我慢する必要があるの?」
「あ? 洸征のこと詰めたら困った顔してただろ」
「詰められることが嫌だったわけじゃなくて、疑われることが心外だっただけだよ」
「疑ったりしてないだろ? え、何、オレおまえが洸征と浮気してるとか言った?」
「言ってないけど、だったら男同士のハグなんて目くじら立てることじゃなくない?」
「洸征がおまえのことをどう思ってるのかわかんねえだろ」
「そんなの僕だってわかんないよ」
「洸征がおまえのこと好きだったらどうすんの? 抱き着いても嫌がらないなんて、なんか期待させてるかもしれないだろ?」
「は? だったらおまえの態度だって、周りの女子全員期待させまくってるだろ」
「いまそれ関係あるか?」
「僕が何も言わないからって、何も知らないわけじゃないし何も感じないわけじゃないよ」
「じゃあその時言えばいいだろ? なんで黙って聞き分けのいいフリしてるわけ?」
「言ったって何も変わらないだろ?」
「言ったことねえくせになんでわかんの?」
「ねえ、なんでずっと我慢して来た僕が叱られなくちゃいけないの!?」
「別に叱ってなんかねえだろ、訊かれたことに答えてるだけだよ」
「声も言い方もキツいんだもん!!」
久御山に髪を掴まれ引き寄せられた僕の耳元で、音量は控えめであるものの、なお責めるような口調で久御山は続けた。
「キツくねえよ、訊いてることに答えろよ」
「そんなの、自分がどういうつもりかじゃなくて相手がどう感じるかなんだよ!」
「藤城はオレがどう感じるかわかってて言ってんの?」
「なんで名字で呼ぶんだよ! そうすれば僕が堪えるの知ってるくせに!」
「おまえが離れようって決めたんだろ? いままでどおりってわけに行かないんだろ?」
「僕はそこまであっさり切り替えられないんだよ!」
「あっさり? 藤城にはオレがあっさり切り替えたように見えてんの?」
「藤城って呼ぶな!!」
久御山に名字で呼ばれる、たったそれだけのことが、僕にはこの世の終わりのように感じられて自分を止められなくなって行った。そんなわかりやすく距離取らなくたっていいだろ!? おまえにとっては取るに足らない、つまらないことかもしれないけど誰もが同じように割り切れると思うなよ!!
「おまえだってオレのこと名字で呼んでんだろ」
「僕はずっとそう呼んでただろ!? 突然変わったわけじゃないよ!」
「じゃあオレが周りの女子を期待させてる、とかも突然変わったわけじゃねえよ」
「なんでそれを僕が気にしないと思ってんの!?」
「オレが名字で呼ばれるのを気にしてないって思ってんの?」
「はあ!? そんなの言ってくれないとわかんないだろ!?」
「そうだな」
久御山は僕の耳を口唇で挟むと、チュク…ッと音を立てながら吸い始めた。そういう風にすればなし崩し的に攻略できるとか、僕が簡単に流されるとか思ってるんだろ!?
「オレだって、言ってくれないとわかんないんだよ」
「何が!?」
「他のヤツにいい顔すんな、とか期待させるようなことすんな、とか」
「言え…言えないよ! だって、そんなこという権利ないし」
「じゃあオレにもそんな権利ないよな? それは一体どこで授与されるんだ? あ?」
「わ…わかんない…けど…」
ソファから引きずり降ろされ久御山の膝の上に座っている僕の、背骨や肩甲骨の形を確かめるように久御山が指を滑らせる。腹立たしさと悔しさと寂しさと諦めが入り混じったような感情でぐちゃぐちゃになる頭が、素肌をなでられていることを認識したときには、既に僕は半裸状態だった。
「……久御山、何するつもりなの?」
「藤城見ててわかったよ」
「わかったって、何が? それと服脱がせるの何か関係あるの?」
「おおありだよ」
八月とはいえフローリングに押し付けられた背中が冷たくて鳥肌が立った。久御山はいつものように、いや、いつも以上に念入りに僕の身体に舌を這わせた。
「…っ、そうすれば僕が絆されると思ってるのか?」
「この程度で?」
この程度、って……久御山、一体何考えてるんだよ……
「……床、痛いから場所変えよう」
「は!? なんで!?」
「なんで、って……床が痛いから?」
「…ごもっともだ」
いや、僕が訊きたかったのはそこじゃなくて、床が痛いと感じるようなことをどうしてするのか、という部分をだな……そう頭で思いながら、僕は素直に寝室へと足を運びベッドに腰掛けた。
僕の目の前に立った久御山は何も言わずにジーンズとパンツをおろし、なぜか大きくいきり勃っているソレを僕の口唇に押し付けた。だから、そういうことで修復しようとするのはズルくな…
「…ッ!!」
ちょっ…待て久御山…! いくら僕でも、いきなりのどの奥までそんなもの突っ込まれたら苦しいし痛いし何よりビックリするわ!
しっかりと髪を掴んで離さない久御山の腰を押し退けようと腕に力を入れると、それ以上の力で引っ張り返されさらに息ができなくなるという悪循環の中で、僕はむせながら嘔吐きながら久御山の真意を考えようと必死だった。
「藤城はさ、こんなことされてもオレのことが好き?」
「…ぐっ…う、ふっ……う」
「おまえの考えてる優しい久御山は、こんなことする人間じゃないよな?」
「うう…っんく…」
遠慮なくのどの奥を打ち付ける久御山が時々漏らす短い吐息に、なぜか僕のみぞおちは震えた。のどから勢いよく硬くなったモノを引き抜いた久御山は、力任せに僕をベッドに転がすと、激しく咳込む僕に目もくれることなく唾液でドロドロになったモノを後ろから捩じ込んだ。
「くみ…っ…久御山っ…!」
「……痛いよね……嫌いになった?」
「くみや…なんでこん、なことす…痛い、本気で…」
「嫌いになった?」
「う…放せって…」
「放していいの?」
「…どういう意味だよ…っ…んく…」
「ねえ……これ、愛だと思う?」
痛い、久御山……それよりいま気付いたけど、おまえゴム着けてないんじゃ……ベッドの上で腰を突き出し激しく久御山に揺すられながら、頭の芯が痺れてぼうっとなるのを僕は無我夢中で耐えた。
「とりあえず、放せって…」
「おまえ、なんも答えないのな」
「答えようのないことばっか訊くからだろ!? 放せよ!」
「ちゃんと答えてくれたら、ね」
ちょっと待てって……検査はしてるし病気は持ってないけど、すり抜けて何か感染してる可能性だってないわけじゃないし、万が一ってこともあるだろ……それでも久御山は卑猥な音を立てながら、僕の体内を擦り続けた。
「久御山……頼むから…せめてゴム着けて…」
「おまえ、ほんとに自分勝手だよな、こういうところ」
「なんのことだよ…ねえ、久御山頼むっ……あ…っ」
「ココ、弱いよね藤城……気持ちイイ?」
「やめ…っ…はあっ…あ…んく……っ…くみや」
「やめて欲しい声じゃねえよな」
弱いってわかっててソコばっかり攻めてるくせに……身体にモノ言わせやがって…おまえに変な病気感染したくないって思うのがそんなに理解できないことか!?
頭では必死に拒絶するのに身体はどんどん久御山の動きに支配され、嬉しそうによだれを垂らしながら硬く膨張したモノに逆らおうともしない。内側を削られる感覚が痛みから快感に変わる頃には、久御山の動きにすべてを委ね、僕はただ鳴き声を部屋に響かせているだけのメス犬でしかなかった。
「あ…あ、あ、あ…っ…久御山…ぁ…はあっ…」
「キュンキュン締め付けやがって…この淫乱」
「んっ…あう…う…イく…イ…んあっ…」
「無理矢理犯されてもイっちゃうの?」
「イっちゃ…あ…あ、あっ…も…ダ」
久御山の動きがピタっと止まり、高まった熱が引いて行く代わりに全身が疼いて震えた。
「や…久御山やめないで…あ…イかせて…久御山…」
「エロくおねだりしてくれたらイかせてあげる」
「久御山…お願い…イきたい…」
「ふっ…腰動いてるよ? ほら、おねだりは?」
「だって…どうすればいいか教えて…」
久御山は僕の背中に身体を重ね、耳元にフッと息を吹き掛けると、低く掠れる甘い声で囁いた。
── 僕のはしたないおマンコ、久御山のちんぽで思いきり突いてイかせてください、って…
久御山、それは恥ずかし過ぎて絶対言えないヤツ……っ!!