The usual Eden

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The usual Eden - Just another day -

scene.6 アヴリルの純心 01.

 

── 初日 / 神々の塔 内 診療所 14:26

エデンの診療所はざわついていた。

処置室ではアヴリルが、肩から胸にかけて広く包帯を巻かれている姿があった。治療に当たったエアリエルは、なぜこんなことになったのか、をカルテに記載するためアヴリルに訊ねた。

「少し、考えごとをしてしまいまして」
「考えごと、ですか。精鋭部隊の実地訓練で、つるぎを召喚しているにも関わらず、考えごとを?」
「はい、あの場でするべきではありませんでしたね」

処置が終わり、お手数をお掛けしました、とアヴリルが処置室から出ると、診療所は戦闘部隊と精鋭部隊で埋め尽くされていた。まさか訓練中に大元帥ともあろう者が、戦闘員の剣をもろに喰らって大流血するなどとは誰も思っていなかった。

「大元帥さま……!」
「ご心配をお掛けしてすみません」
「申し訳ありません……!」
「自己責任なので」
「あの、動いても大丈夫なのでしょうか……」
「当たる時からだを引いたので、致命傷は負っていませんから」

アヴリルは、今日はこのまま帰ります、と言って診療所をあとにした。残された戦闘員たちは今回の事故があまりにもショックで、なかなか言葉が出て来ない。普段なら絶対に起こらないことであり、起こるはずもない事故なのだ。当然、いままでこんなことは起こったこともなく、誰も今日のことなど予想だにしていなかった。

「あの……」

ひとりの戦闘員が、エアリエルに話し掛けた。

「大元帥さまのお怪我は……どの程度なのでしょうか」
「……内臓にまでは達していないけれど、筋肉は切れてるから重傷よ。三十針以上縫ってるのだし」
「帰っても、大丈夫なんですか?」
「入院は絶対にいやだと仰るから……」

 

───

 

── 初日 / 神々の塔 出入口 15:00

神々の塔を出たところで、アヴリルは後ろから声を掛けられ振り返った。そこには、不思議そうな顔で様子を伺うミシャがいた。

「……どうかなさったんですか? なんというか、歩き方がぎこちないというか」
「訓練中に考えごとをしてしまい、剣をからだで受けてしまいました」
「え? それは……大丈夫なんですか?」
「生きているので大丈夫かと」
「……ちなみに、どれくらいの怪我なんです?」
「四十針くらい縫ったかもしれません」

 

───

 

── 初日 / 再び 診療所 15:06

診療所の扉が大きな音とともに勢いよく開き、中にいたエアリエルが驚き飛び跳ねた。

「ちょっと! 誰かいる!?」
「あの、ミシャさん、一応わたし怪我人なので」
「何事なの、大きな音立てて! ……どうしたのミシャ、と、大元帥さま」
「何で四十針も縫ったってのに放流しちゃうの!?」
「ミシャさん、腕、とても痛いのですが」
「ミシャ……左肩から斬ってるから、左腕掴むのは許してあげて」
「痛いの? そう、痛いのね? だったらおとなしくしてましょうか」

 

── 初日 / 診療所 病室A 15:20

部屋に帰るつもりだったアヴリルは、ミシャの手により診療所の病室へと強制送還された。その話を聞き付けた戦闘員たちは、また診療所に詰め掛け心配そうにアヴリルに群がっている。

「帰りなさい。みなさんはまだ訓練の途中でしょう」
「ですが……」
「みなさんがここにいたからといって、怪我が治るわけではないので」
「それは……そうですが……」
「って、大元帥さまが仰ってるんだから、帰った帰った」

ミシャは戦闘員たちを病室から追い出し、溜息を吐きながらアヴリルのベッドに腰をおろした。

「ルフェルも大概だけど、大元帥さまも無茶するんですね」
「病室にいると、ああやって心配する者が押し掛けるので」
「だからって、自室にいたんじゃ何もできないでしょう?」
「寝てればいいかな、と思っていたのですが」
「もしものときに困るので、だめです」
「困りますか?」
「困ります」
「ちなみに、何が困るんでしょう」
「大元帥さまにもしものことがあったら、エデン全体が困るでしょう?」
「そういう意味ですか」

アヴリルはミシャに背中を向け、布団に潜り込んだ。おとなしくしててくださいね、と言い残し、ミシャは職務に戻るため病室を出て行った。布団の中でアヴリルは「そういう意味ですか」と、もう一度繰り返した。

 

───

 

── 初日 / 安全保障省 防衛総局 屋外訓練所 15:30

まあ、話を聞いた段階でそうなるだろうとは思っていたが、ここまで予測通りに依頼が来ると、謀られたような気さえして来る。やっと司法省からお役御免になったかと思えば、今度は安全保障省の代打とは。言っては何だが間違いなくこの職務は向いてない。

「あ、あの……大天使長さま、一応、ご指導を……」
「普段何をどうしてるんだ」
「先ほどは、実地訓練の最中でした」
「実地訓練、とは」
「実際の戦闘を想定して、剣を召喚し戦うのですが」
「それならわたしにもできるだろうが……大丈夫なのか?」
「と、仰いますと?」
「迂闊に誰かを葬った場合、どうしてるんだ?」
「……ま、まだそのようなことはございませんので」

大元帥さまと違い、大天使長さまの辞書に手加減という文字はなさそうだ……精鋭部隊の戦闘員は気が遠くなるのを感じた。剣術の腕前でいえば大天使長さまのほうが上だと聞くが……

精鋭部隊の戦闘員が右手で空を切り剣を召喚した。

「……ひとりでいいのか?」
「はい?」
「いや、ひとりで掛かって来るつもりなのか?」

……それは、どういう意味でしょうか大天使長さま。

「ひとりですが……まいります」

安全保障省の管轄である防衛総局の戦闘部隊は、一般的な戦闘を受け持つ “戦闘部隊” と、その中でも特に腕前を認められた “精鋭部隊” 、それから特殊な環境下で闘う “特殊部隊” の三部構成になっている。精鋭部隊の戦闘員は、ひとりで分隊ほどの技術と力を持っているといわれ、剣以外にも暗器を使用した奇襲、格闘や捕縛などを得意とする猛者揃いだ。

戦闘員はすでに剣を召喚しているというのに、大天使長さまは……ポケットに手を突っ込んだままなんだが……自身の力を奢って見くびっているのか、それとも本気で余裕があるのか、どっちなんだろう……外野の戦闘員たちは若干大天使長の身を案じた。

戦闘員の剣の長さは1.2mほど、ふたりの間合いが4mほど……その時、戦闘員が地面を蹴って飛んだ。当然正面から斬り込んで来ると踏んでいる大天使長の上はがら空き・・・・だ。滞空時間が長いと敵に避ける隙を与えてしまう。ちょうど、大天使長の身長の上から剣を斬り込むだけの間を取って、2m程度の高さから……

誰もが同じことを考えた。この速さと距離ではいかに大天使長といえども剣の召喚をする隙はないだろう、と。そしてその予想通り、ルフェルは剣の召喚をしなかった。ほんの少し身を屈めたかと思ったら、上から降って来る戦闘員の右手首を脚で払い、その脚で戦闘員の腹を蹴り込んだ。

 

……剣術の腕前は大天使長さまのほうが上だと聞いてはいたが、まさかの蹴り? しかも同じ脚で手首と腹を?

きれいに右脚の入った戦闘員は、10mほど彼方でうずくまっていた。

「……剣を召喚するよりはよかろうと思ったんだが」
「だ、大天使長さまは格闘も嗜まれておられるのですね」
「いや、若い頃よく絡まれてな」

……誰だ、わざわざ大天使長に絡みに行く酔狂なやつは……ってことは、え? それはいわゆる喧嘩というやつですか? 本気で実践を積まないと駄目なやつじゃないですか。

「できれば、型とか基本のあるもののほうが……」
「まあ、わたしは構わんが」

そう言うとルフェルは空を切り、熾烈の剣をひと払いした。戦闘員たちの剣より長さのある1.8mほどの熾烈の剣を片手で難なく払う姿を見て、戦闘員たちはすでに戦意を喪失していた。

「アヴリルは、普段どうやって相手を?」
「こちらが一方的に斬り込んで、剣をかわしながらその時の姿勢などを修正してくださったり」
「なるほど」

ルフェルはもう一度剣を払うと、静かに構えた。凛と伸びた首筋は美しく、右手に握られた剣の重さなどまるで感じさせない姿に、戦闘員たちは固唾を飲んだ。

「……来ないのか?」
「あ、あの畏れながら大天使長さま、できればレプリカをお使いいただいてもよろしいでしょうか」
「構わんが……」

戦闘員は、木剣をルフェルに渡した。ルフェルは剣を受け取ると、「おもちゃのようだな」と言いながら両手でしならせ、低く鈍い音を立てて剣を折った。重硬で希少な黒檀こくたんの木剣を……まさか五秒で、しかも素手で折るって……

「……召喚剣で、いいです」

この調子ですべての木剣を折られては困る、と戦闘員は涙を飲んだ。いざ戦闘員が上段から斬り込むと、ルフェルはそれを右手の剣で受け流し、左手で戦闘員の胸ぐらを掴んで引き寄せたあと、「剣を強く握り過ぎて肩に力が入ってるから制御できずに流されるんだ」と言って、戦闘員を地面に転がした。

左手も武器なのか……戦闘員たちはもうあきらめるほかなかった。

上から斬り込もうと、下から斬り込もうと、片手でやんわり受け流され、胸ぐらを掴まれ転がされる戦闘員。アドバイスは的確でありがたいのですが、胸ぐらを掴む必要ってあるんでしょうか大天使長さま……

そのうち飽きて来たのか、ルフェルは翼を広げふわりと宙に浮き、空中で脚を組んだまま、斬り込んで来る戦闘員を熾烈の剣の切先でつつきながらかわしはじめた。ひとりで分隊ほどの技術と力を持っているといわれる精鋭部隊の戦闘員が、近付くことすらできず、次々と自信を失い戦意など微塵も残らなかった。

 

───

 

── 初日 / 診療所 病室A 20:00

傷が……さすがに疼くな…当たり前か…あれだけしっかりとからだで受ければ……なんで…わたしに頼んだんだろう……

傷の痛みで目を覚ましたアヴリルは、薄っすらと目を開け、硬直した。

「あ、よかった……ちゃんと生きてた」

アヴリルの顔を覗き込んでいたミシャは安心したようにつぶやいたが、目を開けた途端これだけの至近距離で大きな瞳と目が合ったアヴリルは、安心とは対極の場所にいた。そしてミシャは、アヴリルの額に自分の額を当て、「傷のせいで熱が出てますねえ」と言うと、氷嚢借りて来ます、と病室を出て行った。

アヴリルは硬直したまま、いま自分の身に何が起こっているのかを考えた。考えた…い…が、頭の中が真っ白になるというのはこういうことか、といま思考が停止していることを確認しただけだった。

病室に戻ったミシャを、硬直したまま迎えたアヴリルは、そのままおとなしく額に氷嚢を乗せられ、そして褒められた。

「逃げ出すと思ってましたけど、大変よくできました」
「逃げ出してもよかったのでしょうか」
「そうなったら迎えに行くだけですから」

ベッドに腰掛けながら笑うミシャを、アヴリルは硬直したまま見ていた。

基本的に天使は中性的な者が多いから、みんなそれなりにきれいだけど……白いな…陽に当たることがないのか…つの、可愛かったな、そういえば…どうやってこんな長い髪つやつやに保ってるんだろう…こうやって近くで見ると本当に可愛、聞いてます? 大元帥さま?

「はい、何でしょう」
「いまわたしの言ったことを、復唱してみてください」
「すみません、考えごとをしていました」
「考えごと禁止」
「はい?」
「いま、なぜ、ここにいるんでしたっけ?」
「怪我をしたから、でしょうか」
「では、なぜ、怪我をしたんでしたっけ?」
「訓練中に考えごとをしていたから、ですね」
「禁止です」

昔から、性格にも話し方にも抑揚がなく、感情が読めないと言われ続けて来たアヴリルも、さすがに困った様子で目をしばたかせた。

「考えるな、と言われても思考してしまいませんか?」
「じゃあ、考える暇がなくなるくらい、お喋りしましょうか」
「ミシャさんと、ですか?」
「もちろんです」

それからミシャは、今日の精鋭部隊の訓練情報を仕入れました、と言って、戦闘員たちがどれだけルフェルに蔑ろにされたのか、を楽しそうに伝えた。アヴリルは、笑いごとじゃないですよ、除隊を願い出る者がいたらどうするんですか、と眉をひそめる。ルフェルなんかに頼むから……とミシャは同情にも似た声を出した。

もっと気軽にフィンドに行けないものかしらね、木に吊るされたランプ、とっても可愛かったからまた見に行きたいのに、とミシャが言うと、ザクロの実とつのがあったら行けるんじゃないですか? とアヴリルが答える。じゃあまた着いて来てください、とミシャが言うと、アヴリルはそこで言葉を詰まらせた。

「……どうしたんですか?」
「あの、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
「どうぞ?」
「あの……どうしてわたしなんでしょうか」
「何がですか?」
「護衛です」
「大元帥さま以外、思い付かないので」

 

── 大元帥さま以外、思い付かないので

 

ルフェルに頼めるわけもないし、他に強い方というと司法長官くらいしか思い付かないけど、司法長官が一緒だと気疲れしそうだものねえ……と思っていると、アヴリルは布団の中に潜ってしまっていた。あら、怪我もしてるしお疲れかしら、とミシャはそうっと病室をあとにした。

 

───

 

── 二日目 / 司法省 本館 司法長官執務室 09:00

「おはようさん、早うから堪忍やけど、午後から手ぇの空くもんいてる?」

司法省の法務部では朝礼が行われており、ユリエルが何かを頼みたそうにしている。内容によるな……と誰もが思っていたが、意外にも手を挙げたのはアニエルだった。

「わたくしに務まることでしたら」
「僕の代わりに別館行って、封筒受け取って来てもうてもええやろか」
「はい、かしこまりました」
「えらい気ずつないなあ」
「司法長官、どこか行かれるんですか?」
「なんや、安全保障省の防衛総局に来いゆうて大天使長から呼ばれたさかいに」

ミシャは笑いを堪えることで精一杯だった。

 

───

 

── 二日目 / 診療所 病室A 09:46

アヴリルの様子を見に診療所へ寄ると、エアリエルに「ちょうどよかった」と呼び止められ、はい、とコップを渡された。ああ、生命の樹の実ね、とコップを受け取り、ミシャはアヴリルの病室を訪れた。

「おはようございます、具合どうですか?」

ベッドの上にある布団の塊に話し掛けてみるが、返事はなく塊も動かない。潜って寝るのがお好きなのかしら。ミシャはそうっと布団を持ち上げ中を覗き込んだ。ちょうどアヴリルの顔が目の前にあったので「おはようございます」と声を掛けると、アヴリルは非常にわかりやすく顔を赤くした。

「一旦起きてください。薬、持って来たので」
「あ、ありがとうございます」

からだを起こしたアヴリルにミシャがコップを渡そうとすると、受け取ろうとしたアヴリルの指先がミシャの手に触れ、アヴリルはそのままコップを落とし中身をすべてベッドにぶちまけた。

「あらら……ベッドが永遠の命を得てしまうじゃないですか」
「すみません、手が滑ってしまいました」
「シーツ、交換してもらわないと……服も着替えたほうがよさそうですね」
「すみません」
「脱いでください、洗って来ます」
「はい?」
「ほら、脱いで」
「いえ、あの、自分でできますから」
「そんな怪我しててできるわけないでしょう? いいから脱いで」
「あの! 本当に大丈夫ですから!」

 

傷の痛みでたいした抵抗もできず、アヴリルはミシャに着ていたものをすべて・・・脱がされ持って行かれてしまった。そこにリネン類を抱えたフィールが現れ、布団の交換をするから少しベッドから降りてくれ、といまのアヴリルには無茶振りとしか思えないことを言う。アヴリルがベッドから降りて来ないことを不思議に思ったフィールは理由を訊ねた。

「大元帥さま、どうされました?」
「いえ、あの、成り行きでいま服がなくて」
「服がない、と仰いますと」
「一身上の都合により、いま裸体はだかなので」
「そうでしたか、慣れているので大丈夫ですよ! ちょっと降りてください」
「いえ、わたしがまったく慣れていないので」

それもそうね、とフィールは思った。しかし大元帥さま、さすが戦闘部隊を率いてらっしゃるだけあって、見事なまでに鍛え抜かれておられるわね……元々の骨格が細くていらっしゃるせいか、服を着ているとわからなかったけれど。大天使長さまのしなやかな筋肉とは違って、闘う筋肉でいらっしゃる。上腕筋の美しいこと……これは腹筋も期待できそ、いや、違う。

「何やってるの?」

ベッドの隅に避難するアヴリルと、替えのリネン類を持ったまま立っているフィールに、戻って来たミシャが不思議そうに訊ねる。早く布団の交換すれば?

「いえ、大元帥さまが衣服がないと仰るから」
「ああ、いま全部剥いて洗っちゃったから」
「そういうことだったのね。で、ミシャ、着替えは?」
「ないわ」
「あら、じゃあちょっとシーツでも巻き付けてていただこうかしら」

 

腰にしっかりとシーツを巻き付けたアヴリルは、腕を組みながら窓の外を眺めていた。すると、目の前にコップが差し出され、ふと横を見るとミシャが「今度は床に飲ませます?」と笑いながらコップを渡す。

「大元帥さま、お顔に似合わずいいからだしてるのねえ」

思わず口をいたミシャのセリフに、アヴリルは飲み込もうとしていた薬を噴き出し、激しくむせた。

「大丈夫ですか!?」
「いえ、もう駄目だと思います」

ベッドメイクをしながらミシャのセリフを聞いていたフィールは、「うん、間違いない」とうなずいていた。

 

───

 

── 二日目 / 安全保障省 防衛総局 屋外訓練所 13:32

「……大天使長、なんなん? これ」
「防衛総局の、戦闘部隊だな」
「そら見たらわかるがな。なんで僕が呼ばれたん?」
「アヴリルの代わりに、指導を頼みたいんだが」
「なんで僕がそないややこしことを」
「わたしでは戦闘員をほふりかねないということが判明したもんでな……」

戦闘部隊の戦闘員は、突然屋外訓練所に現れた司法長官に戸惑っていた。確かに熾天使セラフであり天使長でもある司法長官は、身分としては戦闘員より上だが、明らかに武闘派ではない出で立ちをしている。

頬まで伸びた赤い前髪はふんわりと緩くクセがあり、猫のような空色の瞳はまるで少年のような輝きを放つ。腕を組み首をかしげる姿は優雅で、戦闘員たちは、まるで貴族の少年が目の前にいるような錯覚に陥った。とても武器を向ける気にはなれない。そして大天使長さまといい、大元帥さまといい、熾天使になるためには見た目の審査でもあるのか、と司法長官を見ながら思った。

「また難儀なこと言わはるおひとやなあ……まあよろし、せんぐりにしばいたったらええんやろ?」
「まあそういうことだな」

しばかれては困るのですが、この貴族のような司法長官は大丈夫なのでしょうか……戦闘員たちは司法長官の身を案じ、恐るおそる大天使長に訊ねた。

「あ、あの……大丈夫なのでしょうか」
「何がだ」
「司法長官さまは、その……戦闘経験などは」
「ほぼ、ないんじゃないか」

ユリエルは右手をぶらぶらと振りながら、戦闘員の群れから離れて行った。「こんなもんでええやろ」とつぶやき、すっと右手をかざす。戦闘員たちが不思議に思っていると、群れの目の前で青い火柱が勢いよく噴き上がった。

「……はい!?」

驚き硬直する戦闘員の上からは火箭かせんが降り注ぎ、休む間もなく激しい閃光とともに百雷が突き刺さる。

「む、無理です無理です! 飛び道具には対応できかねます!」
「あほう、敵が必ず武器構えて来てくれる思たら大間違いやで」
「しかし魔法を想定して闘うことはかなり厳しいかと!」
「ごちゃごちゃと辛気しんきくさいやっちゃな、できひんのやったら死ぬだけや」

戦闘員たちの中央に、青く燃えたぎる火柱が突き抜ける。

 

── 二日目 / 安全保障省 防衛総局 屋外訓練所 外周野次馬席 16:00

「……派手にやってるわねえ」
「ユリエルさま、秘術をお使いになられるのね」
「素敵……」

ミシャとフィールが同時にアニエルに視線を注ぐ。別館から受け取って来た封筒を大事そうに抱え、アニエルはユリエルの鬼畜の所業をうっとりと眺めていた。

「素敵、 なの? あの邪悪の象徴のような姿が?」
「アニエル、ユリエルさまについ先日頬を焼かれてたじゃない……」
「うん、でも次の日ちゃんと治療してくださったから」
「え、そうなの? ずっとガーゼで覆ってたじゃない」
「でも確かに、その日以降診療所には来てなかったわね」
「……内緒よ? でも言いたくて仕方ないの」

アニエルは、使われていない司書室でのことをふたりに話した。ユリエルがどれほど優しくて、どれほど紳士で、どれほどその瞳が美しくて、どれほど格好よくて、どれほど優雅でたおやかで素敵なのか、をお腹一杯力説した。

「へえ、意外と言えば意外……あの司法長官がねえ……」
「陰で努力をされるタイプなのでしょうね」
「とにかく素敵だったの……」
「でも、あざといわよね……」
「あざとい?」
「自分の容姿が優れてるのを知ってるからこそ、できることじゃない」
「またミシャったら、そんな穿った見方を……」
「十人並の顔が同じことしてときめく? 無理よね? 効果ないわよね?眼前でスルーよね?」
「ま、まあ確かに、そう言われるとそうかもしれないけれど」
「そして思惑通り、落ちた子がここに」
「……腕前は確かのようね、ユリエルさま」

ミシャとフィールに凝視されたアニエルは、えへへ、と照れて笑った。

 

───

 

※ 司法長官ユリエルの台詞解説
早うから堪忍やけど:早速で申し訳ないが/来てもうて:来てもらって/えらい:本当に/気ずつない:申し訳ない/さかいに:ものだから/そない:そんなに/ややこし:面倒な、ややこしい/難儀な:困った/せんぐりに:次々と/しばく:叩く、打つ/辛気くさい:じれったい/やっちゃな:やつだな/