Frailty, thy name is The “Lufel”!

Frailty, thy name is The “Lufel”!
物 語

Frailty, thy name is The “Lufel”!

scene.7 史上最凶と言わしめた男 03.

 

ルフェルは丁寧に入口を確かめ、やはりワンフロアを間違えるわけがない、と扉をそうっと開け中を覗き込み……リルハがいないことを逆に不審に思った。やはりそろそろ樫の木に戻らないと都合が悪かったのだろうか、と思いつつもう一度塔まで戻った。

 

───

 

その樫の木は塔の敷地を出たすぐそこにあったが、宿舎とは逆方向にあるため、普段は気にすることもなかった。ルフェルが樫の木に近寄ると、そこには庭園の庭師がひっそりと佇んでおり、庭師はルフェルに気付くと頭をさげ、寂しいですね、とつぶやき、樫の木をそうっとなでた。

「やはり年は越せませんでした……七百年も生きたので、大往生ですが」
「……それは、どういうことだろうか」
「しばらく前から変色し始めておりまして、見ると根が浮いていたので」
「木が……枯れた、ということか」
「そうですね、寿命だったのでしょう」

 

リルハ……? 責任とは、一体……

 

───

 

「……そろそろ機嫌を直して欲しいものだが」

ルフェルは布団の塊に声を掛けるが、その塊が返事をすることはなかった。ルフェルは長い溜息を吐くと、何度も言っているように、と何度目かの説明をし始めた。

「話をしてる時間などなかったのは、わかってると思うが」
「わたしにも当然焦る気持ちはあったんだ」
「おまえを死なせるわけにはいかんだろう」
「渡すつもりがなかったからこそ、あの時は」

診療所の病室の前では、精鋭部隊の戦闘員が聞き耳を立てていた。

「えっと……これは、大天使長さまが謝ってる…のか……?」
「ベリアルと司法長官さまを取り合って……」
「渡すつもりがなかった、と……」
「大天使長さまは焦っていたようだけど……」
「司法長官さまには、そうは見えなかったんだろうか」
「いや、それは確かに傷付くけど」
「司法長官さまは、大天使長さまのほうがいいって仰ってたからな……」
「……アッチのほうが…イイって話な…」
「今日は取り込み中のようだから、またにしよう…」

見舞いに来たはずだが、何やら大いなる勘違いをしている戦闘員たちは、モヤモヤした気持ちを抱えたまま診療所をあとにした。しばらくするとアヴリルが病室を訪れ、布団の塊とルフェルを見ながら困った顔をした。

「まだ和解に至ってないのでしょうか」
「……見ての通りだ」
「司法長官も随分と粘りますね」
「昔から機嫌を損ねると長くて敵わん」
「あまり機嫌を損ねる印象はないんですけど」
「だからこそ損ねた時が面倒でな……」
「ちなみに、何が問題だったんでしょう」

ユリエルの魂を召喚したベリアルは、その魂に転生の秘術を施した。そして自分の魂とリンクさせ、ユリエルに魂を戻した。ベリアルに対する攻撃は、すべて魂をリンクしたユリエルにも加わり、ベリアルが死ねば秘術を施したユリエルの魂がベリアルとなり蘇る。ユリエルの身体からだの中に、ユリエルとベリアル両方の魂がある状態だ。

では、秘術を施されたほうの魂を傷付けるとどうなるか。寄生虫が宿主を殺されれば生きて行けないように、転生先が死んでしまっては元も子もない。そこで、悪魔喚起というブームが終わるまで顕現けんげんできない程度に傷め付け、転生先を危険に晒せば本能的に秘術を解くだろうと思ったんだが。

「仰る通り秘術は解かれ、司法長官はベリアルに渡らなかったわけですが」
「秘術が解かれることをなぜ教えてくれなかったのか、と」
「ああ、まあ知っていればまた心構えも変わったでしょうし」
「とはいえ、いつそれを教える隙があったんだ」
「ありませんでしたね」
「こちらも “血の契約” が切れる寸前で焦りもあった」
「しかし、腕を斬り落とされた挙句、肩口からバッサリ斬り付けられてますし」
「……それで?」
「いえ、こらえた分だけ、裏切られた気持ちも強いのではないでしょうか」
「……わたしにどうしろと?」
「それは司法長官に訊いてください」

ルフェルは長く大きな溜息を吐き、病室をあとにした。残されたアヴリルは「お互い難しい性格ですね」とつぶやき、「司法長官が向こうに渡らなくてよかったです」と伝え静かに病室を出て行った。

 

───

 

その夜、ユリエルは高熱を出しグッタリと寝込んでいた。感染症などではないでしょうけど、とエアリエルは言いつつ、念のためにと入口には面会謝絶のプレートがさげられた。フィールは生命の樹の実を搾りながら、時折うなされるユリエルが心配で、エアリエルに「今晩泊まろうかしら」と相談をした。

 

……脚も痛いわ胸も痛いわ当然落とされた腕は疼くわ挙句熱のせいで全身の関節も痛いわ傷口が熱持って余計疼くわどないやねん……もう数百年天使やらさしてもうてるけど、こんだけ血ぃ見たんも流したんも初めてやわ……しんど……あかん、横なってんのにめまいするがな……ほんま堪忍して……口ん中……血ぃの味が……えづきそう……

頭……冷やこい……な…もう……このまま…目ぇ覚めへんかったら……まあ、ええか……

 

「…い…お……おい、大丈夫か」
「…………な……」
「寝てるところを起こしたならすまんな、随分うなされてるが」
「……ル……フェ…………」
「ああ、喋らんでいい」

目を開けると、青白い月明かりに照らされ、恐ろしく美しい天使が輝く翼を背負って枕元に座っていた。なんや、天使も死ぬ時はお迎えが来はるんやなあ、と思ったら低くかすれた声で「大丈夫か」と訊かれ、大丈夫なわけあるかいな、と言おうとしたが……いやしかし、見たことある御使いやなあ……

 

── そしてルフェルは悩んでいた。

およそ看病はされる側であり、する側になったことがない。しかし目の前でうなされている重傷者は、熱のせいもありシーツが濡れるくらいの汗をかいている。着替えさせたほうがいいんだろうが、力尽くで身体を起こすと……痛むだろうな……かといって放っておくわけにも……フィールに着替えも託されているわけで……

聡い、賢い、利口と言われ続け、頭の回転も速く臨機応変に立ち回れる大天使長だが、 “戦闘” と “職務” 以外に関しての知識はないに等しい。経験値に則したものしか出て来ない知識を、なんとか応用するほかない状況で、ルフェルが思い付くものといえば最早これしかない、といっても過言ではなかった。

ルフェルはベッドの上に腰をおろし、ユリエルの顔を見つめながら、まあ……可愛いと自分に言い聞かせればなんとかなるかもしれん……と思い、ユリエルはルフェルの顔を見上げながら、いや、ちょう待ちいな、その色気あふれる濡れた目ぇはなんやねん、と思っていた。

ユリエルの頬を手の甲で優しくなでおろし、その薄いくちびるを親指でそうっとなぞる。ああ、別にここまで再現する必要はないな、とルフェルが思った時、いやいやいやいや、あかん、なんなんそこまで節操ないゆう話は聞いてへん、とユリエルは身の危険すら覚えていた。

手のひらを背中に差し込み、ゆっくりとその背を浮かせながら手際よく上着を剥ぎ取ると、ルフェルはユリエルの軽さに少々驚き、ユリエルはルフェルの手際の良さに随分驚いた。待ちなはれ大天使長、怪我で動けへんゆう相手に何しよるつもりやねん……

 

そしてルフェルはふりだしに戻る。脱がすことはあっても……着せることはなかったな、と。

 

「い……や…あ…ん…………や…ん(いやいや、あかん、なんでやねん)」

 

囁くようなユリエルの声 ──

 

……に、フィールは戸惑っていた。さっきからずっとここにいるのだけど、おふたりとも気付いてらっしゃらないのよね……出て行くタイミングを完全に失ってしまったわ……それにしても、この状況は、やはり……邪魔をしてはいけないのでは……ここで大天使長さまの想いに横槍を入れるようなことになったら……消されるかもしれないし……

まだ命が惜しいので、とフィールはそうっとその場をあとにする……つもりが、お約束のように真横にあった衝立ついたてを引っ掛け、カタン、と音を鳴らし自らの存在を主張した。言いません、大天使長さまと司法長官さまのことは誰にも言いませんから、この場は見逃していただけませんでしょうか、とフィールが言おうとした時。

 

ルフェルは「助かった」と安堵し、ユリエルもまた「助かった……」と感謝すらした。

 

「着替えに戸惑ってらっしゃった?」
「慣れてないもんでな……」
「そうだったのですね、わたしったらてっきり」
「……てっきり?」
「大天使長さまと司法長官さまの、お邪魔をしてはいけないかと……」
「ああ、手伝ってくれたほうが助かる」

それはどういう意味だろう、とフィールは考え、そこは全力で否定しとかんかい、とユリエルは思った。

フィールはユリエルの汗を拭きながら、司法長官さまは細くていらっしゃるのねえ……まあ、闘う方ではないから……とはいえ、肩幅は結構広くていらっしゃる……繊細ではあるけれど、決して華奢というわけでは……上前腸骨棘じょうぜんちょうこつきょくの儚くて美しいこと……前腕伸筋に色気があるというか……骨盤と大腿骨の隙間が…きっとお尻のえくぼも……いや、違う。

「それではわたくしは失礼いたします」とフィールは病室をあとにし、結局大天使長さまと司法長官さまって、どういうご関係なんだろう、という疑問を持ったまま、のちに精鋭部隊の戦闘員たちからユリエルとベリアルの会話を聞くこととなる。

 

ベッド横の椅子に腰をおろし、少し落ち着いた様子のユリエルを見ながら、ルフェルはそっと胸をなでおろした。

「……にはったら……ええやん」
「気になって眠れん、というなら帰るが」
「そうやない……けど……」
「では気にせず寝ればよかろう」
「あんた……忙しいやろ……」
「帰ったからといって、忙しさは変わらんのだが」
「そら……わかってるがな……」
「……言いたいことがあるなら聞こう」
「……あれへん」
「まだわたしに対して不信感が?」
「……わたし……」
「……何か、そこに引っかかるものでも?」

青白く仄明るい月明かりが部屋を薄っすらと包み、静けさに拍車を掛ける。ユリエルはふいっとルフェルから目を逸らし、ルフェルは大きく溜息を吐いた。

「……ユリエル、僕にどうしろって言うんだい?」
「なんや……気取っとったらええがな……」
「気取ってるわけじゃないんだけどね」
「僕は……まだ謝ってもうてないわ……」
「何度も謝ってると思うけど」
「…… “悪かった” ゆうんは……謝罪やない……」
「まさか、それでずっと機嫌を損ねてるのかい……?」
「当たり前やろ……」

こどもっぽい、頼りない、威厳がない、すべての天使の上に立つ立場の者がそんなに気弱では困る、と神々にも教育係にも言われ続け、立ち居振る舞いから言葉遣いに至るまで何もかもを矯正され、大天使長たる者感情を見透かされてはならないとまで言われ、辛酸をめ続けたルフェルはもう一度溜息を吐いた。

「どう言えば許してもらえるんだい?」
「あほう……そないなこと……自分でよう考えてみい……」
「…… “申し訳ありません” ?」
「なんで疑問形やねん……」
「あ、 “お詫び申し上げます” とか、 “遺憾に思います” とか?」
「謝る気あれへんやろ」
「…… “堪忍な” とか」
「……もうええ、去のてください」
「ごめんよ、ユリエル。秘術が解ける可能性があるって伝えられなくて。あと、大怪我させてごめん」
「…………なん…やねん」
「僕にできることがあるなら、なんでもする」
「……あれへんやろ」
「確かに少ないとは思うけど……」

しょうもないことでいけずな態度取ってもうたな、とユリエルはあまりにも素直なルフェルを見て思ったが、まあできることはあれへんやろ、と着替えひとつ満足にさせられない大天使長が可笑しくて笑いが込み上げた。

「……あかん、笑かさんとって……痛いわ……」
「笑わせるつもりは、まったくないんだけど」
「あんた……やれること…ほんまあれへんな…」
「そういう教育受けてないんだよ……」

無慈悲で冷酷で無表情な大天使長が、ごめんと謝り、できることがないと困った顔をしている。ユリエルはルフェルを見ながら、こないとこ昔っから変われへんなあ、となんだか安心した。

 

───

 

── そういえば…

俄かにアビスとフィンドが賑わい、エデンの天使が堕天した理由もわかったが、結局書類の改ざんをした者はどこに行ったんだ? 原本が改ざんされていなければ、いまのタイミングで気付くことはなかったはずだが……まるで、わざわざ教えてくれるかのように敵が振る舞う理由もわからん……

ルフェルはいま一度原本を取り寄せ内容を確認した。

ユリエルが取り寄せたものと若干のばらつきはあれど、桁が違うほどの差はない。あれから改ざんは行われていないということか……地上のいざこざが片付いたタイミングで手を引いた? 誰が、一体、なんのために……

 

原本を見ながら神々の塔に入ろうとしたルフェルに、庭師が声を掛けた。

「大天使長さま、珍しいものをお持ちですね」
「珍しいもの、とは?」
「その紙です」
「……紙がどうかしたのか?」
「もう残り少なくなってしまったと聞いていましたが」
「紙……ああ、樫は使われなくなったらしいな」
「最近はユーカリやアカシアが主流ですから」
「樫の木でできた紙……」
「最近一本見送ったばかりだったので、気になって……失礼しました」

樫でできた原本……地上から戻って来たらいなくなっていたリルハ……枯れた樫の木……あれだけ責任を取れと言っていたのに……まさか、責任とは……この事件を解決することだったのか……?

 

───

 

ルフェルは塔の敷地から居住区に抜け、樫の木の前にやって来た。庭師と一緒に見た時より、さらに白くなり根も随分と浮いているようだ。七百年間エデンを見て来た樫の木と、その精霊リルハ。

「リルハ……これは、どういう意味だったんだい?」

樫の木の精霊ドリュアスは長生きだが、当然本体である木が枯れると死んでしまう。結局よくわからないまま、事件だけが解決して終わるのか……

「お疲れさま、大天使長」

樫の木の前で原本を握り締めていたルフェルは、その声に辺りを見渡したが、目に映るものは枯れた樫の木だけだった。

「……リルハ?」
「その様子だと、わたしの紙に気付いたみたいね」
「まさか、原本の改ざんをしたのは……きみなのかい?」
「そうよ、わたしの身体の一部ですもの。数字を書き換えるくらいどうってことないわ」
「一体なぜそんなことを?」

── わたしはね、ずっと長いことエデンで暮らして来たの。神々も天使たちも、それはよくしてくれたのよ。枝を折ったり幹に傷付ける者もなく、毎日話し掛けてくれる天使までいたわ。そうそう、大天使長が産まれた日のことだってちゃんと憶えてるのよ? 小さな背に十二の輝く翼を持った天使を、運命の三女神がわたしに見せに来てくれたの。

樹齢が六百五十年を過ぎた頃から、そろそろかしらって思ってたの。でもそれから五十年もエデンにいることができた。最近では庭師が毎日ここに来てくれたわ。そんな時、堕天する天使たちの話を聞いたの。エデンはこんなに素敵な所なのに、どうして堕天なんかって思ったんだけど……

わたしが直接何かできるわけじゃないから、誰かに知らせる必要があると思ったのよ。でもほら、口で説明しても信じられないでしょ? だからちょっと書類に細工をしたの。そしたら案の定、司法長官が気付いてくれて。あの子、小さな頃は女の子みたいだったのに、随分とやんちゃになっちゃったわね。

堕天使に利用されてる天使を放っておけないと思ったの。わたし、エデンが大好きだから。ただ……それだけ。

 

「……リルハのおかげで事件を解決することができたよ」
「大天使長、ありがとう」
「僕はちゃんと、責任を果たせたのかな」
「ええ、これでわたし、安心して眠れるわ」
「僕を……待っててくれたのかい?」
「そうよ、種明かしは必要でしょ?」
「うん、これで原本の謎が解けた」
「あなたもそうしてると可愛いのに」
「……可愛いだけじゃ駄目なんだ、って散々言われたからね」
「ふふ、ミシャと果ての森で泣いてたのが噓みたいね」
「はあ……そんなことまで知ってるのか……」
「じゃあ、わたし行くわ。これからも元気でね、大天使長」
「うん……ありがとう、リルハ」
「よわむしルフェル、強くなったね」

どうしてそんなつまらないことを憶えてるんだ、と言ったルフェルにリルハの声はもう聞こえなかった。姿を現す力すら残ってなかったんだろうな、と白くなった樫の木をなでながら、声だけでも待っててくれたことに少し胸が痛くなった。

七百年間エデンを見守り続けた樫の木の精霊。

リルハ、きみの毎日はしあわせだったかい?

 

── よわむしルフェル、強くなったね……

 

───

 

いつもより遅い時間に目覚め、飛び起きる必要もなくゆっくりできる朝を過ごすのはどれくらい振りだろう、と薄く目を開けたルフェルは一瞬で覚醒した。それからそうっと天井を見上げ、ぐるりと壁を見渡し、ここが自分の部屋であることを確認したあと、もう一度隣を見て昨夜のことを一所懸命思い出そうとした。

眠くて堪らんかったことしか憶えとらんな……

さすがにそれは自分でも節操がなさ過ぎるとしか思わんが、この状況を考えるに節操がなさ過ぎるんだろうか……冷静に分析などできる余裕もないんだが。しかし、清々しいまでに記憶がなさ過ぎて、まるで実感が……いや、湧くと困るが……

そして間の悪いことに、こういう時に限って “むを得ない事由” を抱えた訪問者が、部屋の中の事情など何ひとつ考慮することなく扉を叩く。この状況はさすがに自分でもどうかと思うが、客観的にもどうかと思われる自信がある。一応、有無を言わさない序列はあるが、相手が ──

「大天使長、お休みのところ申し訳ありません」

扉を開けたアヴリルは、しばらく無言で部屋の様子をうかがっていたが、「大変失礼しました。もうしばらくあとで結構ですので、安全保障省の本館までお願いします。ご一緒に・・・・」と頭をさげ扉を閉めた。

 

「う…ん……」

ルフェルの隣で寝返りを打ち、少しクセのある赤い髪をかき上げながら、ユリエルは気怠そうに身体を起こすと、両腕を持ち上げて伸びをした。百歩譲って女性ならわからんでもないが、という顔でルフェルはその様子を眺めていたが、ユリエルはニヤリと左の口端を持ち上げながら、ルフェルの腕をつついた。

「おはようさん、昨夜はよう眠れましたんえ?」
「……まあ」
「その前に、昨夜のこと憶えたはる?」
「……いや」
「そうどすやろなあ」
「……なんで ユリエルが ここに」
「いややわ、あない強引にされたら、僕かて……なあ……」
「……強 引 に」
「ゆうて力の差ぁありすぎますやん……無理やり押し切られてもうて」
「……無 理 や り」
「まあ、ややこしこと言わんさかい、責任取ってくらはったらええわ」

 

── 責 任 と は ?

 

何のことはない、昨夜遅くにユリエルが、ルフェルから急かされていた診断書と請求書を届けに部屋を訪れ、疲れてすっかり眠っていたルフェルを起こさないよう、ベッドの横にある机の上に書類を置き出て行こうとしたところ、寝惚ねぼけていたルフェルにベッドへと引きずり込まれ、ユリエルは抱き枕にされたのだった。

当然、裸体はだかの男に抱き着かれて嬉しいはずもなく、ユリエルは一通りの抵抗を試みたが、絶対的な力の差によりあえなく撃沈、しかしこれだけ暴れても起きないルフェルを見て、よほど疲れているのだろう、と仏心を出しつつどうせ憶えていないだろうことを見越し、少々困らせてやろうと目論んだ結果、ルフェルはまんまと困っていた。

「……ひとつ訊きたいんだが」
「どないしたん?」
「この場合の……責任の取り方、とは……」
「そやなあ……潔く僕と付き合うんと、みんなの前で素の自分を出すのん、どっちがよろしいのや?」
「……考える時間をもらってもいいだろうか」
「そこは即答しとかんかい」
「……前者か」
「なんでやねん」

 

戦闘員たちから伝わる “ベリアルとユリエルの会話” に、空気を読まないアヴリルの目撃証言が加わり、本人たちの知らないところでエデンでは超ビッグカップルが誕生していた。そして誰もが「あの司法長官が?」とは疑ってもルフェルを疑う者はなく、「大天使長さまならあり得る」と祝福ムードに包まれたことは、言うまでもない。