第九十話 仰げば尊い推し
「卒業生 答辞。卒業生 一同起立。代表 一組 久御山 賢颯」
「はい」
── 厳しい寒さの中にも時折、開花を待つ桜の息吹が感じられる季節、この佳き日に晴れやかな卒業式を挙行してくださり、ご臨席賜りましたご来賓の皆さま、また校長先生をはじめ諸先生方、並びに関係者の皆さまに、卒業生一同心よりお礼申し上げます。
三年前の四月、真新しい制服に身を包み、新しく始まる高校生活に不安や心配を抱きつつ、それ以上の期待に胸を膨らませた入学式で、不測の事態により図らずも大いに目立ったことさえまるで昨日のことのように思い出されます。
高校での三年間は同じ期間であったにも関わらず、中学校で過ごした三年間とは比較にならないほどの気付きや学びを得ることのできた貴重な時間だった、とひとつひとつの出来事すべてが、自分の成長の糧としてあったように感じられます ──
……入学式でのことを、わざわざ卒業式で蒸し返す必要はないんじゃないのか?
制服を着崩したチャラいイメージしかない賢颯が、ネクタイをしっかり締め髪も綺麗に整え登壇する姿を、同級生や在校生はもちろん、教師陣までもが目に涙を浮かべながら見つめていた。
まあ、教師陣の浮かべている涙は、卒業式での答辞を散々拒否し続けた賢颯が渋々ながらも引き受けてくれた、という安堵の涙であり、何かというと話題になる騒ぎの元凶ともいうべき目立つ生徒が三年間、さほど大きな問題も起こさず無事に卒業してくれる、という解放感から来るものだろう。
ちなみに、あんなに嫌がっていた答辞を引き受けた理由を賢颯に訊いたら、なぜかヤツは少し照れたような笑顔で答えた。
「いや、徳田が “この三年間、藤城で始まって久御山で終われば全米も泣く” って言うから」
伊達に生徒指導を何年も続けてないな、徳田先生……しっかり賢颯のツボを押さえに来たところは素直に尊敬するけど、そこは最早ツボではなく秘孔だし、そんなことで全米は泣かない、と僕は思った。
しかし初めて見た時もイケメンだったけど、三年間でさらに格好良くなったよな、賢颯……
外国人のような容姿で書道家のように渋い名前。チャラい見た目からは想像も付かない誠実さを備え、そのくせ気に入らないことには容赦なくキレ散らかす素直な性格で、誰からも好かれた人気者がいま、低く柔らかな声で講堂の空気を揺らす。
明日から賢颯ロスで不登校になる生徒が増えたりしないか、心配になるレベルで格好イイな……
僕のことを “普通の人間だと思ってしまった” って聴いた時に頭をよぎったのは、「やっぱり普通の人間ごときが求めていい存在じゃなかったのか」ってことだった。だってそうだろう? 狐憑きか、物の怪か、化け物かはわからないけど、明らかに僕とは違う生き物なんだってことは疑いようのない事実だ。
蒼灰色の澄んだ瞳は白目まで透き通るように青味がかってて、肌なんて毛穴ないのか、ってくらいすべすべできめ細かくて、薄茶色というよりミルクティーみたいな赤味のない髪もふわっふわで、薄っすらと赤い口唇はプルプルで、それ全部、なんのケアもせずに維持してるって、どう考えたっておかしいだろ!
化粧水とか美容液とかトリートメントとかリップクリームとかマメに使ってるのかと思いきや、髪はリンスインシャンプーで洗いざらし、普通のボディソープで身体洗って、汗かいたらボディシートで拭き取る程度、それ以外なんにも気を使ってないのにあの見た目なんだぞ!? 僕でさえ冬場は保湿クリーム使うってのに!
そんな賢颯が「自分は普通じゃない」って「みんなと同じように産まれたかった」って言うのはわかる。複雑な家柄に産まれたせいで、否応なく背負わされた物がどれだけ重い足枷になってたのか、多分僕には知り尽くせない。「普通の人間が羨ましい」って思うことの、どこに咎める要素があるんだよ。
狐憑きだろうが、物の怪だろうが、化け物だろうが……人為的に創られたものだろうが、そんなことはどうだっていい。
おまえが、おまえとして存在してることより大事なことなんか、何ひとつないよ、賢颯。
── 本日、ともに卒業する皆さんと過ごしたかけがえのない時間の中で、互いに支え合い切磋琢磨し、さまざまな困難を乗り越え尽力してくれた友人に心から感謝を、そして誰より、公私ともに支え励まし、常に新たな価値観でもって希望を与え続けてくれた藤城 湊へ、これから生涯に渡り寄り添いしあわせにすることを誓い、高校生活を締めくくろうと思います。
三年間、未熟なわたしたちを支えてくださったすべての方々に改めてお礼申し上げるとともに、我が校の今後益々の発展を祈念し、答辞とさせていただきます。
卒業生代表、久御山 賢颯 ──
…………け、賢颯!? い、い、い、いま名指しでなんて言った!?
講堂は割れんばかりの拍手と大歓声に包まれ、僕はひとり俯き顔を上げることができなかった……
***
…っ…あ…ふっ……あ…ん…ん…あ…
「どうした? いつも以上にエロい顔して」
「…っ、し…してな…ぅんっ……」
「喘ぐときに少しだけ見える舌が、ガチでエロいんですけど」
「…見るな…っ…!!」
「じゃあ、舌も食わせて」
おずおずと差し出される舌を口唇で挟み、逃がさないように自分の舌を絡めると、背中に回された湊の指先が皮膚に食い込む。ほんっとキスとか初歩的なことに弱いよな……尺るほうが難易度高いし、より性的だと思うけど、そっちは割と余裕かましてエエとこ攻めて来るってのに。
「湊……」
耳元で囁くと、ビクッと腰が跳ねる。
「湊の体内、ヨ過ぎてイきそう…」
「んっ…あ…あ、あ…うぅ…」
「……愛してる」
「ひゃっ…あ…っ…!!」
背中を仰け反らせ、動きが止まると同時に、全身が小さく痙攣し、湊の狭い内側がうねるように収縮を繰り返した。
「……ズルいよ」
「何が?」
「わかってやってるくせに」
「なんつーか、こう、可愛過ぎるものってイジメたくならない?」
「可愛くないし!」
「オレにとっては世界で一番可愛いんだけど」
「……ちゃんと聴いたの初めてなのに、ああいう場面だと信じられないだろ…」
「へ……? 初めて、って……なんの話?」
「……ほーう……それすらわからない、って言うなら教えてあげるよ…」
……み、湊さん? 目が据わってて怖いんですけど!?
カラダを起こした湊はサクッとオレの両脚の間に割り込み、イって然程時間の経ってない萎えたムスコを優しく握った。いや、いいけど……足りない、とかオレが欲しい、とかじゃないってことは、なんとなくわかる。
柔らかな舌の感触が尖端を行き来したあと、その部分をスルっと口で包み込み、尖らせた舌先で裏筋を……って、そんなことされたらフツーに勃つんですけど!? その状態で圧迫されると、イイ感じに上顎で亀頭擦られるんですけど!? そのうえ握られた竿をゆっくりと扱かれ、もう身を委ねる以外のことは考えられなくなった。
はあ……やっぱり吮めてる湊の顔が堪らなく好きだ……女の子にありがちなある種の義務感というか、してもらうだけじゃなく自分も彼氏を悦ばせてあげなきゃいけない、っていう雑誌の特集を鵜呑みにしただけの通過儀礼的なものも、女の子の健気さとかいじらしさを感じられたからヨかったと言えばヨかったけど…
紅潮させた頬を、溶け出すんじゃないか、ってくらい緩め、薄く開いた目で握ってるモノを確かめながら、粘度を帯びた水音を響かせる。口の端からこぼれる唾液を気にすることもなく、思う存分舌で味わい、時々吐息を漏らしながら湊はうっとりとオレを見上げた。
「……そんなに美味い?」
「うん……おいし…」
……やっぱ可愛いじゃねーか。小さかった湊は、ほんと女の子かと見紛うばかりの可愛さだったけど、すっかりデカくなって誰が見てもイケメンに育ったいまは、その見た目と中身のギャップが可愛過ぎて悶える……
そんなことを思っていると、なぜか湊はオレの太腿を持ち上げ自分の肩に乗せたあと、上体を起こした。当然オレは下半身を引き上げられ、腰まで浮いた状態で湊を見上げた。
「……待て」
「僕は “おあずけのできない犬” だって何度言ったらわかるんだ」
「何するつもりだよ!?」
「されたらわかるだろ」
何を企んでるのか知らんが、せめてエロ可愛い顔でそのままイかせてくれ!! なんでそんな中途半端な状態で次のフェーズに進む
「んっ……」
ちょ、ちょっと待て湊……
「ふ…っ…ちょ、湊…何そこ…ん…っ…」
「思わず声出ちゃうくらいイイんだ?」
「え、だって…なんか…ぅん…」
「前立腺開発されてると、会陰でも感じるって本当なんだね」
え、会陰て……昔、触られたことがないわけじゃないけど、気持ちイイと思ったことなんかなかったような……あっ…なんだ、このカラダ全体がゾクゾクするような…あぅ……舌先で突つかれてるだけなのに……ん…ヤバい…
「みな…なんかカラダ…変…」
「イケメンのトロ顔、威力高いね」
舌先をずらし、湊がゆっくりとその舌をオレの体内に挿し込むと、また別の感覚にカラダが疼き出す。ああ、もう……なんでおまえのエロスキル、そんなに高いんだよ……
そこからは流れるように、体勢を変え指先で一番弱い部分を刺激しながら、首筋やら鎖骨やらに舌を這わせ、乳首に歯を立て、これまた器用に口唇と舌で攻め倒す。緩急付けながら繰り返し与えられる快感に、もう鳴き声をあげる以外できることはなかった。
柔らかくなった入口に、湊はガチガチに膨れ上がった凶悪なムスコを当てがい、普段見せることのない雄の顔でオレを見下ろしながら、低く掠れた優しい声で囁くように言う。
「この綺麗な身体……僕ので壊していい?」
いつも最大限気を遣い、少し申し訳なさそうというか遠慮がちな湊の台詞だとは思えなかった。なんだよ、オレをキュン死させるための策だとしたら効き目抜群だな……
ゆっくりとカラダを押し広げながら、徐々にオレの体内を湊が埋め尽くして行く。僅かに残された平常心の欠片で湊の顔を見上げると、まるで大切な宝物でも愛でるように優しく目を細めながら、オレの顔をただ見つめていた。
「……んっ…う…あ、ん…ん…ふ…っ…あ」
いや、待って湊……その慈愛に満ちあふれた顔に不釣り合いな、激しい動きはなんなんだよ……あっ、うう…粘膜の擦れ合う部分が熱くて、心臓がそこにあるみたいに脈打ってる…ん…はあ…っ…
「ちょ…と…手加減し…あっ…ぅ…あ、ん…っ…」
「そんな余裕…あるわけない…」
湊のあごを伝ってパタパタッと滴る汗が、オレの頬を伝って流れ落ちる。ダメだ、雄でしかない湊を前に、抱かれてるってことをハッキリと自覚させられ、もう何も……自分では何も考えられなくなった。
突き抜ける快感と、湊の息遣いと、時々息ができなくなるほどの感覚の中で、夢なのか現実なのかすらわからないまま、自分を丸ごと差し出してすべてを受け入れる。ただの動物じゃん、オレたち……快楽に抗えない…
「……賢颯…」
「ふ…っ…あ…」
「体内で……飲んで」
「…え…?」
「……誰よりも…愛してる…」
「…っ…みな…」
「……ズルいわ」
「何が?」
「カラダにモノ言わせやがって……」
「お互いさまだろ、そこは…」
「おまえのほうが断然有利じゃねえか!」
「よがり鳴くイケメン、最高に萌えた…」
「……愛してる、なんて言ったこともねえくせに」
「これでわかったろ?」
「……何がわか……っ…え、もしかして初めてって」
「僕だってさっき初めて言われたんだけど?」
「口で言えよ!! 何度も言った気でいたから何のことか全っ然わからんかったわ!」
「ささやかなお返しってことで」
「壮絶な仕返しの間違いだろ……」
高校卒業後、初めてのセックスはオレの完敗だった ──
───
「おはようございます」
「あ、おはよー、今日もよろしくねー」
「おはよー、久御山くん卒業おめでとー」
「早速だけど、メイク室お願いねー」
高校を卒業しても三十一日までは一応高校生、という身分のはずだが、合格発表まで特にすることもなかったオレは、ここぞとばかりに雑誌の撮影を詰め込まれた。素人を発掘して磨いてほにゃららの企画も好評のようで、当初予定していた連載回数が若干増えた関係上、撮影期間は大幅に巻きが入ることとなったらしい。
メイク室の扉を開けようとしたとき、取っ手を握っていた右手をそっと押さえられ、横を見ると知らない女の子が雑誌を片手に笑顔で立っていた。
「あの、久御山 賢颯くん、ですよね?」
「そうですけど」
「わたし、別の雑誌でモデルやってる沙羅っていいます!」
「はあ……そのモデルさんがオレに何か?」
「撮影のあと、少しお時間取れませんか?」
「んー……撮影の進み具合によるかな」
「じゃあ、入口のロビーで待ってますんで!」
沙羅、と名乗った女の子はパタパタとその場を走り去ったが、オレの話聴いてたか? 撮影が長引いたら有無を言わさずソッコー帰るからな?
メイク室の扉を開けると、ヘアメイクの鷹栖さんが「久しぶりー! 座って座って!」と満面の笑顔で手招きをする。
「ケンソーくん、受験疲れなんてまったく感じさせないくらい、綺麗なお肌してるわねえ」
「普通、荒れるもんなんですか?」
「夜遅くまで起きてたりするでしょ? 寝不足になるとお肌荒れちゃうこと多いのよ」
「しっかり寝てた、ってことですかね…」
「ふふっ……大学落ちたら専属モデルになればいいわよ」
「不吉なこと言わんでください……あ、ちょっと訊いてもいいですか?」
「彼氏ならいまいないわよ?」
「じゃあいま狙い目で…って、そうじゃなくて、沙羅って子、知ってます?」
「沙羅って、ティーンズ向けファッション誌のモデルの?」
「ああ、そうかも」
「何度かお仕事させてもらってるけど……何かあったの?」
「いえ、まだ何も」
「読者投票一位の売れっ子よ? ただ……」
「ただ?」
「性格悪い、ってもっぱらの噂だけどね」
まあ、性格のいい芸能人やモデルの話って、ネタにならないから噂になり難いのよ。悪い噂が立つってことは売れっ子の証でもあるし、足の引っ張り合いなんかも普通にある業界だから、信憑性は乏しいわね、と鷹栖さんは笑顔で言った。