あのときの僕の話をしよう 5

あのときの僕の話をしよう
物 語

その21

「じゃあ僕のためだったら結婚してくれる?」

なるべく不自然にならないように、それとなく彼女に伺う形で僕は産まれて初めてのプロポーズを終えた。

「それが本音ならね」

彼女はふいっと僕の胸から離れると、しわくちゃのベッドに乱暴に転がって、布団に潜り込んだ。

「僕は大真面目なんだけどな」

ベッドに腰掛けてひとり分盛り上がった羽毛布団の塊をポンと叩いてみる。予想通り、何の反応も返って来ない。

「ルイ、お願いだから顔見せて」

静まり返った布団の塊を横目に、僕は静かに溜息を吐いた。

 

その22

「めんどくさいって思ってるんでしょ」

「思ってないよ」

「ウソ」

いや、多分こういう状況になれば誰でも多少は面倒くさいと思うんじゃないかな。

「思ってないから、顔見せて」

はだけたままの胸に彼女がそっと腕を伸ばす。僕はその腕を取って、布団の塊から彼女を発掘する。こんなに簡単に抱き合えるのに、どうして心だけは自由にできないんだろう。僕たちは物理的にひとつじゃない。心は常に寄り添っているつもりなのに、夜の深さに紛れてそれさえ見失ってしまいそうになる。

僕はここにいるよ。きみはどこにいるの?

 

その23

もう一度服を脱いでベッドに潜り込む。

「ルイが眠るまでそばにいるから」

彼女を後ろから抱えて首筋に鼻先をくっつける。たったこれだけで僕はしあわせを感じるのに、彼女のしあわせはほんの少しややこしくできているみたいだ。

僕の腕の中でおとなしく丸まる彼女は、いま何を思っているのだろう。例えば結婚がルイのためだったとして、それにどんな不都合があるのだろう。それでルイがしあわせな気持ちになるのなら、こんなに嬉しいことはないんだけどな。ルイのためになることは僕のためにもなるんだって、思えない?

 

その24

頼りなく、でも一定に伝わって来る彼女の寝息を確かめながら、彼女を起こさないように首の下からそうっと腕を抜く。頬杖をついてしばらく寝入る彼女を見ていると、なんだか儚い気持ちになる。いつだって僕の心はきみの隣に寄り添っているのに、何をそんなに怯えているの?見えない敵と戦う彼女だから、朝目覚めて隣に僕がいないことを知るときっとまた悲しくて泣くんだろう。

大事にしたいと思うのに、愛してるがゆえに悲しくさせてしまう。本意じゃない。でも結果そうなっていることは事実なんだ。

「どうすれば笑ってられる?」

 

その25

冷え切った車のハンドルを握って、また溜息を吐く。

真夜中にひとりで帰るのも寂しいもんだなと、さっきの彼女とのやり取りを思い出す。結婚がいやだと言うのなら一緒に暮らすのはどうだろう。それも「わたしのため、っていうのがイヤなの」って一刀両断かな。

彼女のためじゃない、僕が一緒にいたいんだ。

それでもきっと彼女は僕に無理をさせていると思うに違いない。無理なことなど何ひとつないのに、心の奥深くに踏み込もうとすると、野良猫が一定の距離を保つかのように一歩遠のく彼女の振る舞いに、僕はなす術がなかった。