Frailty, thy name is The “Lufel”!
scene.7 史上最凶と言わしめた男 02.
悪魔王アザエル討滅戦 参戦者 ( )内は身長 体重
内務省:大天使長ルフェル(185cm 68kg)/諜報部長サリエル(177cm 63kg)
司法省:司法長官ユリエル(177cm 60kg)
安全保障省:大元帥アヴリル(178cm 66kg)/大将カミーユ(183cm 71kg)
「……想像以上に……狭いな」
港湾のコンテナターミナルにはコンテナがうず高く積み上がり、作られた影のせいか実際より狭く見えた。
「こんなもんちゃう? 25mほど稼がしてもうたら問題ないわ」
「取引現場がどこか、にもよりますね」
「入口の外灯付近のはずなので、距離は取れると思います」
ルフェルたち五名と精鋭部隊の分隊十名は、コンテナの陰に身を潜めながら取り引きを待った。精鋭部隊の戦闘員は、上長五名が一堂に会するのを目の当たりにし、感動と緊張で打ち震えている。何より大天使長の闘う姿を見るのが初めての戦闘員たちは、期待にその瞳を輝かせた。
「……来ました」
サリエルの合図で入口付近に視線をやると、確かに外灯の下辺りにいくつかの影が見える。
「数は」 「四体」 「潰しますか?」 「連れて来い」
「カミーユ」
アヴリルに声を掛けられた瞬間、カミーユが地面を蹴って飛んだ。
「……いや、どないなっとんねん、あこまで飛びよるんかいな」
「カミーユは対ゲリラ攻撃の特攻戦闘員なので、あれくらいは飛んでもらわないと」
「防衛総局、えげつないわ……」
ユリエルとアヴリルが二言、三言会話を交わすと、カミーユが四体の敵を抱えて飛び込んで来る。
「お待たせしました」
「いや、ちいとも待ってへんがな」
「さすがに四体抱えて飛ぶ体力は凄いですね」
「特殊部隊で叩き上げてるので、これくらいはしてもらわないと」
「いやほんま、防衛総局やくたいなとこやな……」
カミーユが抱えて来たアビスの堕天使を一体地面に転がすと、ルフェルはためらいもせず涼しい顔で蹴り上げた。コンテナの陰から見ている戦闘員は、痛みを想像し思わず顔を歪めてしまう。胸ぐらを掴まれ引き起こされた堕天使は、すでにグッタリと力なくぶら下がった。
「……久々だと力加減がわからんな」
そう言うと、もう一体の堕天使の胸ぐらを掴んで、その顔を一発殴る。
「こんなもんか……」
「いい感じに、いたぶられた感出ましたね」
「何なんだよあんたら!」
「……自己紹介が要るのか?」
「知らないということは、エデン出身じゃないのでしょうか」
「帰って王を呼んで来い」
ルフェルが手を放すと、堕天使はもう一体の堕天使を連れて、慌てて消えた。
「雑魚中の雑魚、という感じでしたが……悪魔王、来ますかね」
「まさか、用事があるのはこっちのほうだ」
「なんや、ブローカーてフィンドのゴブリンかいな」
「こちらも雑魚中の雑魚、といった感じですが」
「アビスにとっては協力者が屍になるのは困るだろう」
ゴブリンはいま五名の天使に囲まれ、「魔界でもこんな怖い思いはしたことがない」と、産まれてから最大級の恐怖を感じていた。もう一体のゴブリンもまた、同じように恐怖でカタカタと震えている。
しばらくすると、辺りが黒い霧で覆われ夜の闇が更に深まった。空気が淀み、景色が滲む。
「……案外、早かったな」
「魔族に手を出されるのがよほど拙いんでしょうか」
「旨くはないだろうな、下手すればアビスとフィンドの衝突を招く」
五名は外灯の下に目を凝らし……全員がその目を疑った。
「なぜ……」
「なんや、話ちゃうやないか……」
「あれは、もしかして……」
「……大天使長!?」
四名はもう一度目を疑った。ルフェルは15mほど離れた敵の ── 真上にいた。
「いつ飛んだ……?」
「この距離を……一瞬で……!?」
「あかん、もう絶対別の星の生きもんやんか」
「大波乱の予感しかしませんが」
艶めく漆黒色の髪をかき上げながら、ルビーのように煌めく赤い瞳で注意深く周りを見渡し、ベリアルは少し安心したように、「やっぱ勘違いかよ」とつぶやき、それから “取引場所” に落ちている小さな血痕に気が付いた。何かがおかしいと感じた瞬間、首筋に小さな痛みが走り、振り向くと ── 親指に付いた血を舐めるルフェルと目が合った。
「よお……久しぶりじゃねえか」
「先日は随分とお楽しみいただけたようだが」
「まさかあんたがこの件に絡んでるとはなあ」
「ゆっくり話を聞かせてもらおうか」
言い終わるが早いか腹に入ったルフェルの右脚は、ベリアルを激しく吹き飛ばしその身体を地面に叩き付けた。
絶対王ベリアル
悪魔王アザエル討滅戦 参戦者 ( )内は性格内務省:大天使長ルフェル(傍若無人)/諜報部長サリエル(謹厳実直)
司法省:司法長官ユリエル(多情仏心)
安全保障省:大元帥アヴリル(温良恭倹)/大将カミーユ(堅忍質直)
「…大天使長さま……剣術に長けているとは聞いてたけど」
「なんだ、あの蹴りの速さと威力……」
コンテナの陰で、戦闘員たちは背筋を凍らせていた。
「大元帥さま、地上でなぜ大天使長さまの蹴りがベリアルに効いてるのでしょうか」
「ああ、先ほど大天使長が親指を口元に運んだのは見てませんでしたか」
「見てましたけど……それがどう関係するのでしょう」
ひとつの “契約” のようなものですが、アビスの住人の血液を取り込むと、そこに主従関係が生まれるんです。とはいえ逆らえないというほどの威力はなく、主に対してのみ従者の身体が使役のために実体化し、効力が切れるまでアビスに戻れなくなるだけですが。取り込んだほうの血はしばらくの間、穢れを帯びることになるので頻繁には使えませんけどね。
「…… “立てよ……まだ始まったばっかりじゃねえか” 」
「あんた、その執念深さ、別のところで活かしたほうがいいんじゃねえのか」
「わたしに助言できる状況ではないと思うが」
立ち上がりかけたベリアルの両脚を右脚で払い、一瞬宙に浮いたその腹にもう一度蹴りを入れ、ベリアルは再び地面に転がった。ベリアルが動きを止めた地点まで飛ぶと、ルフェルはベリアルを見下ろしながら、そのみぞおちに足を乗せる。
「まさか、詠唱する時間をくれるとも思わんだろう?」
「お優しい大天使長さまのことだからな。少しは融通してくれるかもしれないぜ?」
「頼めば考えてやらんこともないが」
「あんた……本当に変わらねえな」
ルフェルは脚に力を入れると、眉ひとつ動かすことなくその脚を踏み込んだ。ベリアルの胸は鈍い音を鳴らし、ルフェルの足にもその衝撃が伝わって来る。ベリアルが顔を歪めたところで、ルフェルはそのまま脚を踏み抜いた。
「ぐっ……」
「いい声で鳴くようだな」
「本当に…手加減ってもんを……知らねえな、あんた」
「ほう……おまえの口から手加減という言葉を聞くとは思わなかったが」
「ぬかせ……化け物……」
コンテナに身を潜める四名と戦闘員十名の目の前で、ルフェルはベリアルの胸骨を踏み砕き、当然のことながら戦闘員たちは背中どころか全身を凍えさせた。片脚で骨を……砕けるものなのか……?
その時、ベリアルのみぞおちに乗せているルフェルの足が閃光に弾かれ、ベリアルがゆっくりと立ち上がる。
「はっ、アヴリルはともかく、サリエルと……まさかユリエルまでいるのかよ」
「はばかりさん……相も変わらず、難儀なことで……」
ユリエルは猫のようなアーモンドアイを細めると、左の口角を上げにやりと笑い、ベリアルに近付いた。
「おまえ、いつから大天使長さまの飼い犬になったんだ?」
「いややわあ……僕は元から従順やけど、知らんかったんえ?」
「よぉく調教されてんじゃねえか……そんなにイイのかよ、大天使長さまのアッチのほうは」
「そやなあ、少のうてもあんたよりは、楽しませてくらはりますわ」
「ははっ骨抜きかよ、だったらおまえも容赦しねえからな」
「さよか、ほなこっちも本気で行かさしてもらいます」
素直な戦闘員たちは、ユリエルとベリアルの会話を聞きながら、ルフェルを仰いだ。だ、大天使長さまと司法長官さまって……腐女子大歓喜じゃないですか…………ルフェルは顔を赤らめる戦闘員たちを見て、どうしたんだ、と不思議に思った。当然だがこの話は、のちにエデンで広まることになる。
ベリアルの胸元が薄っすら光っているのを不思議に思ったカミーユは、光の元を目で追い探った。
「回復係確認 北 距離20m どうしますか」
「ヒーラーを潰すのは、戦闘におけるイロハの “イ” だ」
「御意」
アヴリルに言われ、カミーユがハンドクロウを握り締め飛ぶ。それからさほど時間を置かず、カミーユの声が響き渡った。
「敵襲!」
全員がヒーラーのいた場所に目をやると、数多の影がひとつの塊のようにうごめいている。とりあえずヒーラーを倒したカミーユが戻って来るが、ひとりでは少々厳しいと言う。アザエルほどの数ではないにしろ、ベリアルも八十の軍団を率いる王であることに変わりはない。
「接敵して闘うのは好手ではなさそうですね」
「最初の予定通り、焼き払ったったらええんやろ」
ユリエルが右手をかざし、うごめく集団のど真ん中を青い火柱でぶち抜く。続いてサリエルの邪眼が金色に妖しく光り、火炎が黒い塊を包む。取り囲む熱気と立ち昇る黒煙が風にさらわれると、積み上がる消し炭の後ろから、また数多の影がゆっくりと近付いて来るのが見えた。
「一軍団が六千六百六十六体」
「それが、八十軍」
「五十三万三千二百八十体……」
黒い塊にユリエルの獄炎が降り注ぐと、サリエルの熱波が照射される。しかし積み上がる消し炭の後ろから、やはり数多の影がひしめきながら、その歩みを進め続けている。そしてその黒い塊は……数多の堕天使たちは、ベリアルとルフェルを取り囲み、肉壁となった。
「魔法も邪視もこれで封じられた、ということですか」
「中におる大天使長ごと、燃やすわけにもいかへんからなあ」
「堕天使の壁……一体ずつ片付けるしか……」
「なかなかに骨の折れる作業ではありますが、致し方ありません」
アヴリルたちは堕天使を一体ずつ片付けることを余儀なくされ、そこに精鋭部隊の戦闘員も加わった。途方もない数の堕天使を見ながら、全員が「大天使長、早く始末してくれ」と思ったのは言うまでもなかった。
「ほう、考えたものだな」
「あんたとまともに闘っても、何の得にもならねえからな」
「しかしこれでは、おまえも魔法の詠唱ができんと思うが」
「まあ、そういうことだな」
ベリアルはククッと嗤いながら左手を開き、手のひらの上で輝くオーブをルフェルの目の前に突き出した。
「これが何か……賢い大天使長さまにならわかるだろう?」
「さあ……わたしはおまえほど賢くないからな」
オーブを爪で突くと、輝いていたオーブは黒く淀み、光の代わりに黒く禍々しいオーラを燻らせた。妖しいオーラを纏ったオーブをベリアルが空に放つと、ゆっくりと宙を漂い持ち主の前で動きを止め、いままでルフェルとベリアルを取り囲んでいた堕天使の肉壁が消えた。
「今度は、ハッタリじゃない」
オーブはゆっくりと持ち主の身体に溶け込み ── ユリエルがその場で膝から崩れ落ちた。
「人質を取るのがお好きなようだが」
「そいつは元々おれの子飼いでねえ」
「ほう、男の嫉妬は見苦しいな」
「何とでも言え。いまおれとユリエルの魂はリンクしてるんだけどな」
「……それで? 命乞いでも?」
「まあ落ち着けよ」
魂がリンクしてるわけだから、おれが殴られれば当然ユリエルも傷を負う。まあそれだけなら、あんたはためらうこともないかもしれねえが、ユリエルの魂にひとつ細工がしてあってねえ。
「細工、とは……相変わらず用意周到なことだな」
「万が一おれが死んだら……ユリエルの魂はおれとして転生する」
「……どういう意味だ」
「どうもこうも、ユリエルが堕天しておれと同化するんだよ」
「痛々しいな……己の力だけでは手に入れられんらしい」
「勘違いすんな、余計な力使いたくねえだけだ」
崩れ落ちたユリエルの上体を抱き起こしていたアヴリルも、その隣で様子を窺っていたサリエルも、同じくカミーユも、小さく呻き声をあげながら薄っすらと目を開くユリエルに言葉を失くした。ユリエルはアヴリルの手を振り払いゆっくり立ち上がると、真っ赤な瞳をルビーのように煌めかせながら、ルフェルに向かいその右手を突き出す。
「司法長官、待ってください」
アヴリルがユリエルを後ろから抱え制止すると、一瞬の閃光ののちアヴリルの身体に激しい雷撃が走る。アヴリルはユリエルを抱えた腕をかろうじて放さずに耐えたが、無詠唱でこれだけの魔法を撃たれては敵わない、と抱える腕に力を込め体勢を立て直した。
「よう堪えはったな……そやけど……二回目はどうえ?」
ルビーのように煌めく赤い瞳を細めながら、ユリエルは口角を持ち上げた。
ルフェルは空を切り、その右手に焔火で鍛えられ深紅に染まる熾烈の剣を納めると、それをひと払いした。剣身は瞬く間に溶熱した焔火に包まれ、不規則に舞い上がる火の粉は連なり、その帯は螺旋のように剣を覆う。
「やれやれ……おれは構わねえが、可愛い飼い犬も無事じゃ済まねえぞ?」
「わたしの任務は “絶対王の討滅” だ。天使の護衛は含まれん」
「はははっ! あんた、ユリエルを見捨てんのかよ!」
「……くだらんな」
戦闘員たちは耳を疑い、熾烈の剣を構えるルフェルを仰ぎ見た。美しく端正な顔に一切の感情を窺わせることもなく、白く透き通る肌は冷酷さを際立たせるようにも見え、そして、まるで重力など感じさせない身のこなしで踏み込むと、迷うことなくベリアルの胸を斬り付けた。
剣の軌道を避け若干身を引いたベリアルは、皮膚を薄く切って血を飛び散らせる。
そして同時に、ユリエルの胸から鮮血が飛び散り、サリエルとカミーユの頬からユリエルの血が滴り落ちた。痛みで覚醒したユリエルの瞳は空色に戻り、身体を伝う血を指先で確かめると、小さく舌打ちをして「……堪忍な」とつぶやいた。
ベリアルは大きく後ろに飛んだあと、瞬時に間合いを詰めるルフェルに「無詠唱魔法もあるんだよなあ」と、その足元を氷の楔で貫いた。楔を避けて下がったルフェルを「どうした、精彩を欠いてんじゃねえの?」と嗤いながら、頭上に氷の矢を降らせ、それを剣で払うルフェルの胸に、ベリアルは氷の杭を突き立てる。
「可愛い可愛い飼い犬が気になって、仕方ねえみてえだなあ」
胸に食い込んだ杭を引き抜くと、ルフェルの身体からも血が飛び散り地面に赤い染みを作る。魔道武器だとやはりダメージが通るのか、と思った矢先に氷の矢が降り注ぐ。
「普段通り、残忍に殺せばいいじゃねえか」
「生憎わたしは情に深くてな」
「飼い犬の舌使いが忘れられなくて、絆されてんのかよ」
「おまえの身を案じるわたしの優しさゆえだが」
「殺せよ……人間が、大事なんだろ?」
ベリアルを殺せば……ユリエルが堕天し、ベリアルの魂とともにアビスの王になる。しかしここでベリアルを逃せば、アビスとフィンドの勢力は増し、地上の混乱は深刻なものとなるだろう。悪魔の喚起……流行りはいずれ廃れるだろうが……
「……大天使長、何を迷てはるん」
「司法長官を堕天させるのは、やはり気が咎めるのでは」
「あほう、迷うことあるかいな。比べられるもんちゃうやろ」
ルフェルにいつもの邪悪さがないと感じたユリエルはそう言った途端、血を吐き咳込んだ。アヴリルたちが慌ててルフェルを見ると、地面に叩き付けられた瞬間のベリアルが目に飛び込んで来る。ベリアルが転がった地点まで飛んだルフェルは、その脚に熾烈の剣を突き立てる。
「……ッ!」
「司法長官……」
「……なんや、思てたより……痛いもんやな」
脚に突き立てた熾烈の剣を引き抜くと、ルフェルの頬にも血飛沫が飛び、白い顔から赤い血を滴らせる姿は、戦闘員たちの正視に堪えなかった。ベリアルは楽しそうに嗤いながら、「調子出て来たじゃねえか」と言い、「ユリエルも可哀想になあ」ともう一度高らかに嗤った。
アヴリルもサリエルも、そしてカミーユも成す術なく、ただ成り行きを見守るほかなかった。一瞬、叫び声にも似た声が短くあがり、ユリエルは自分の左腕が地面に落ちるのと同時に、膝を着いた。
「司法長官……!」
緩くクセのある前髪の隙間から、猫のような空色のアーモンドアイを覗かせ、口角の上がった薄い唇をわずかに震わせながら、ユリエルは左の口角をさらに上げて見せた。
「止め……刺さねえのかよ」
「よほどわたしに殺されたいようだが」
「何の罪もないユリエルを殺す気分はどうだ?」
「わたしの任務は “絶対王の討滅” だ……新しい命をくれてやるつもりはない」
「……どういう意味だよ」
「新しい命はやらん、と言ってるんだが」
ルフェルのエメラルドに輝く瞳は、ピジョンブラッドのように紅く滾り、内に秘めた静かな怒りはその背にある十二の翼を深紅に染めた。
「おまえを殺せば……ユリエルは堕天し、アビスの王となるようだが」
「そうだな、魂に転生の秘術を仕込んであるからなあ」
「ユリエルを殺したら……どうなる?」
「……あんた…何考えてんだよ……」
右手に握った熾烈の剣をひと払いすると、剣身は業火に包まれ、唸り声にも似た轟音を響かせた。溶岩のように赤黒く熱を帯びた剣を握り締めると、ルフェルは膝を着いたユリエルの前で立ち止まる。ユリエルは、右手を支えに身体を起こし、よろめきながら何とか立ち上がると、ルフェルの顔を真っ直ぐに見て、頼りなく笑った。
「……おつかれ…さん……どした…」
「……許せよ」
「最…後の……お勤めや……さかい…おきばり…やす」
握り締めた剣は確実にユリエルを捕らえ、肩口から斜めに振り下ろした剣身がユリエルの血を浴び蒸気を発した。戦闘員たちは目を背け、凄惨な光景に身体を震わせ、泣き崩れる者まであった。ユリエルはそのまま前に倒れ込みルフェルの腕に支えられると、わずかに左の口端を持ち上げ、力尽きルフェルに身を委ねた。
慌てたベリアルは薄く黒い霧となり、空気を滲ませながら逃げるように消えた。