あのときの僕の話をしよう 7

あのときの僕の話をしよう
物 語

その31

気落ちする彼女を抱き締めて、口移しでシャンパンを注ぎ込む。大丈夫、サプライズがきみにとって本当の意味で驚きだったことは残念だけど、僕はこんなにきみを愛してる。だから顔をあげて。

この時、僕は気付くべきだった。

彼女と離れずに済む方法は、結婚と同棲の二択しか思い付かなかった。でも彼女はきっと、そういうことを望んでいるわけではないんだ。もっと、こう、精神的なつながりというか、常に安心していられる何かが欲しいだけなんだろう。

それはきっと、指輪や、毎日のLINEでは足りない何か。

 

その32

サイズ交換が終わり、彼女とのペアリングは無事僕の指におさまった。

クリスマスは一緒にいられなかったからと年越しはふたりで過ごし、いま僕の腕の中で無防備な寝顔を見せる彼女からは時折驚くほど不安に駆られる姿なんて想像もできない。触れ合っているとやっぱり落ち着くんだろうな。

彼女の頬をそっと手の甲でなぞって愛しさを確かめる。と、その時サイドテーブルに置いてあった彼女のスマホが一瞬震え、ロック画面にLINE通知が表示された。

「早く逢いたい」

胸の奥がザワっと騒ぎ、からだが凍った。

 

その33

僕の住む世界では彼女がすべてだった。

これまで生きて来て他人をこんなに愛しいと思ったことはなかったし、大切だと思ったこともなかった。離ればなれの夜は彼女が気になって仕方なかったし、一緒にいる時は彼女の声が、指が、髪が、頭の天辺から爪先までのすべてが僕をあたため、そして高ぶらせた。

その笑顔を守って行きたいと、ずっと隣で支えて行きたいと、そう思っていた。

つなぐ手の冷たさでさえ僕にとってはしあわせの一部だった。

 

他の誰に見捨てられてもいい。

彼女さえそばにいてくれれば、彼女さえ笑い掛けてくれるなら、僕は。

 

その34

結局LINEの件は訊けなかった。

正確には訊くのが怖かった。訊けば「他の誰か」のことなんて当たり前のように否定するだろうこともわかっていたし、否定されればされるだけ疑いを深めてしまうことも容易に想像できた。

自分から彼女との関係に溝を作るような真似はしないでおこう。触れなければ、何もなかったことになる。僕は何も見てない。何も知らない。

胸の奥に刺さった小さな棘が抜けないまま、その棘が杭にならないよう僕は努めて平然と振舞った。彼女との時間は変わらず愛おしくあたたかい。

抱き合ってさえいれば。

 

その35

「一緒に暮らさない?」

僕のその一言に彼女は明らかに戸惑っているように見えた。

「どうしたの?突然……」

言ったのは突然でも、ずっと考えていたことだ。昨日今日思い付いたわけでもない。

「都合悪い?」

少し意地悪く彼女の本音に探りを入れる。僕たち、愛し合ってるよね?お互いを必要としてるよね?

「ううん、そういうんじゃなくて」

彼女は少し考えて、それから僕を真っ直ぐ見つめながら、まるで僕の気持ちをこの瞳の中からすべて読み取ろうとしているような面持ちで見つめたまま続けた。

「みっちゃんが言い出すとは思わなくて」