初戀 第三十七話

初戀 TOP
物 語
第三十七話 過ぎたるは猶及ばざるが如し

 

どうすればいいのか正直わからない。はっきりわかるのは、産まれて初めてここまで興奮している、ということだけだ。なけなしの知識で舌先と指先を使い、少しでもむねさんが痛くないよう細心の注意を払う。とはいえ、気付くと夢中になって宗さんのカラダを愛でているおれがいた。

宗さんの硬い部分を擦る手が体液で滑って、思いがけず宗さんを限界に導いてしまう。痛みが快感で相殺されないかな、と秘かに思っていただけに、ここで宗さんが達してしまうのは…よろしくない。

「ん…はぁ…あ……ハル…ハル、イく…」
「宗さん…挿れてもいいですか」
「…ん、いいから……イかせて…」

宗さんの細い腰を支えながら、硬くたぎったモノを小さな尻に押し当てる。さすがにすんなり入ることはないな…宗さんの緊張が伝わって、途端に愛しさが増す。怯えながら触れてちゃ駄目だな、と少し強めに押し込むと、宗さんが小さな悲鳴をあげ背中をけ反らせた。

「…痛いですか?」
「痛くは…ない…けど…」
「もう少しだけ…我慢してください」

先端部分は入ったけど、ギチギチなんだが。こんなにキツいもの!? これ絶対動けないって……こんなギッチギチになってて宗さん本当に痛くないんだろうか…オイルを少し足してみても、まったく動く気配がない。心を鬼にして押し込むべき? このまま止まってるわけにもいかないけど…

「…宗さん、一瞬耐えて」
「怖いこと言うなよ…」

すみません宗さん嘘吐きました。一気に押し込むと怪我させるかもしれないと思い、力を入れつつゆっくり押し込んでしまったので全然一瞬じゃなかった。

……っていうか…

キツい…一回出し入れしたら終わる自信ある……うん、確かに女性とは全然違うんだけど、どっちがいいかって訊かれたら、目の前で仰け反る宗さんを眺められるこっちのほうが断然イイ…宗さんの腰を抱えながら、もう片方の手でディック? コック? ペニス? を愛でてみた。

「ん…あ…っ…あ…ハル…ハル…ん…」

おれの名前を呼ぶ宗さんの声に下腹が疼く…喘ぎ声も色気があってカッコイイとかもう完璧超人過ぎるだろ。はあ、宗さん……好き過ぎる…

「ハル…イく…あ、ハル…」

イく直前で、宗さんの両腕を掴みカラダを引き寄せた。あ、この体勢は視覚的にヤバい……両腕を掴み後ろから宗さんを突くと、寸止めされたじれったさも手伝い声を嗄らして宗さんが喘ぐ。

「ハル…あっ…はぁっ…ハル…あぁっ…ハル…ハル…!」

頭もカラダも痺れて意識が飛びそうになった。宗さんの体内なかから愚息を引き抜き、宗さんを横たわらせて体液を溢れさせているディックを咥え舌を絡ませる。おれの髪を掴みながら腰を押し付ける宗さんが、エロ過ぎてやらしくて堪らなくなる。

「ハル…はぁ…あ…はっ…ん…ハル…イく…ハル…」

宗さんのコックが脈打ちおれの口の中で果てると、髪を掴んでいた手でおれの頭をなでながら大きく息を吐いた。

 

「…ハル」
「…………はい」
「どうしてこうなった?」
「どうしてでしょう…」
「おし、交代な……ケツ出せや…」
「宗さん、もう三時半なので」
「ちっ……明日見てろよこの野郎…」

そう言いつつも、宗さんは穏やかな顔でベッドに潜り込み、秒で寝落ちた。

 

───

 

「…桜庭、なんかいいことあった?」

構内のカフェで遅めの昼メシを、と思いパスタとサンドイッチで迷っていると、たちばな綾小路あやのこうじがフラッと現れた。橘が文一に合格したのは、いろいろあった関係上心底よかったと思ったが、綾小路が理三に合格したことには心底驚いた。

「そんな風に見えるか?」
「うん、顔色がいいっていうか、腰の辺りが充実してるっていうか」
「……何を根拠に」

綾小路に腰を突つかれ内心ヒヤッとしながら、極めて平静を装った。隠したいわけじゃないし、むしろ自慢したいくらいだが、浮かれて舞い上がっている自分の姿を想像したくない。

「桜庭、恋人と同棲してるんじゃなかった?」
「ああ、まあ……同棲というか同居というか…」
「色気のない返事だねえ…あ、ボクもみっちゃんと一緒に暮らしてるんだよ、いま」
「実家、出たんだっけ?」
「いや、おれの家にきよが転がり込んで来たの」
「だって、イケメンの独り寝は恥だよ?」
「なんだそれ」

……確かに、宗さんがひとりで寝ている姿は想像できない。それにしても橘と綾小路って、幼馴染みだと思ってたけど付き合ってたのか。以前、橘に告白されたことがあるだけに、橘のしあわせは素直に嬉しかった。

「あ、そういえばこの前チビッコ見たよ」
「チビッコって、藤城?」
「うん、久御山と一緒だったけど」
「……けど?」
「…チビッコって、こっち側の人間だよね」

こっち側……そう言われてどう答えればいいのか迷った。究極にプライベートな話である以上、世間話レベルで触れていいとは思えない。

仮に・・、藤城がこっち側の人間だったとして、何かあるの?」

橘が話を限定しないよう、やんわりと会話に加わった。綾小路の扱いに慣れているだけじゃなく、元々気配り上手なんだろうと思わせたのは、話を終わらせるわけではなく客観的に内容を訊ねたからだった。

「や、久御山ってノンケじゃん? 恋してたら悲劇かなあって」
「久御山ってノンケなんだ?」
「うん、学校で女子とイチャコラしてんの、何度か見たよ」
「…おれも学校で女子とイチャコラしてたけど」
「あー、ニオイが違うんだよね…フェロモンかホルモンか知らんけど」
「んー…でも藤城と久御山、仲いいじゃない?」
「条件に合致しないけど、機会的同性愛みたいなもんかなって」
「異性と触れ合えない代償行為ってやつ? 久御山なら相当触れ合えるんじゃない?」
「うん、でもノンケだから結局は悲劇じゃん」

 

 

── 機会的同性愛、代償行為…

異性を得られる環境が回復すれば、直ちにこの同性愛傾向は消滅。環境において一時的に形成される性的嗜好、か……

宗さんは異性が得られない環境にいたわけじゃないし、いるわけでもない。それでもやっぱり……間違い・・・に気付いたら、また女性と付き合うようになるんだろうか。満たされていたはずの心が一気に重くなる。しあわせってやつは、なんて不安定な場所にあるんだろう。

そもそも、どうしておれに応えてくれたんだろう。藤城の言っていた “真面目で誠実で頼り甲斐があって頭が良くて冷静で、身長が高くて超イケメン” にしたって、全部宗さんが持ってるものじゃないか。おれ以上に真面目で誠実で頼り甲斐があって頭が良くて冷静で身長が高くて超イケメンで…

はあ……本当に、何の面白味もないんだな、おれ。

考えても答えなんて出ない。違う、答えは出るけどその答えが正しいか誤りか判断できない。だから、宗さんに判断を仰ぎたい。おれが…そばにいてもいいのか、どうか。

駄目だ、そんなことを訊いたところで宗さんが拒絶するはずがない。どこまでも優しいひとだからな、宗さん……とりあえず、いまできることをしよう。晩メシ、何作ろうかな……宗さん、今日も遅くなるなら食べて帰って来るかもしれないし、一応確認したほうが…

 

19時頃に送ったLINEの返事が来たのは22時半頃で、「悪い、今晩帰れないから先寝てて」と端的に忙しさを表していた。ひとりで部屋にいることだって多いのに、宗さんが帰って来ないとわかった途端、リビングの広さがおれの孤独感を増幅させた。なぜだかわからないが、おれは頭の中で「大丈夫、大丈夫」と繰り返した。

 

───

 

……結局一睡もできないまま、窓の向こうで空が白んで朝が来ることを知る。オールで物事を悪いほう悪いほうへと考え続けるなんて、とんだ自虐趣味だな。まだ早いけど、いま寝落ちたら間違いなく遅刻だ…さっさと着替えて出よう。いま部屋にひとりでいるのは精神衛生上よろしくない。

ここから宗さんの会社まで約30分…そこから学校まで50分弱。行ったって逢えるわけじゃないけど、なんとなく宗さんのいる場所の空気を感じたかった。なんだろう、パワースポット的な感覚というか。我ながら気持ち悪いな、この発想は。

駅の周りのビジネスホテルでは、もう戦闘服を着込んだ会社員がチェックアウトを終え足早にロビーをあとにする。まだ7時にもなっていないっていうのに大変だな……これから駅に向かうってことは、出張のハシゴなんだろうか。

そして出張のサラリーマンなら絶対に使わないであろうお高いホテルから、見覚えのあるスーツ姿の男性と、見たことのないきれいな女性が歩道に向かって歩いて来る。平日にお泊りすると朝が早くて大変だな。おれは足を止めることなく、真っ直ぐ前だけを見てフォーシーズンズの前を通り過ぎた。

 

「…っ、ハル!」

名前を呼ばれて振り返る。

「……おはようございます。朝早くからお疲れさまです」
「なんでこんな時間に」
「駅のほうに用事があったので……急いでますので、失礼します」

 

声は上擦うわずらなかったかな。態度は自然だったかな。顔は引きつってなかったかな。一緒にいたひとに嫌な思いをさせたりしてないかな。

おれは上手く振る舞えてましたか。

── 宗さん。

 

 

五番ホームから山手線で渋谷まで行って……学校、行かなくちゃ。課題、まだ終わってないし。英語、出席取るんだよな。サボれない。必修科目多いし、単位落とせないし。

電車の中でスマホの電源を切った。

学校に行きたくないマンションにも帰れない実家に帰るわけにもいかない誰にも逢いたくないのにひとりでいたくない。何もしたくない何も考えたくない何も聞きたくない何も何も何もかも……やっぱり奇跡なんて起こらなかったのかもしれない。終点まで行ってどこか遠くへ……って、山手線だったな、これ。

ははっ……

 

***

 

突然の雨にしばらく待機指示が出たけど、雨足は強くなるだけで止む気配なし。真壁まかべさんに帰っていいと言われたので本日のバイトは終ー了ー。この場合、きっちり予定時間までのバイト料を払ってくれるからありがたい…

確か水切らしてたんだよな……コンビニ寄って帰るか。

っつーか、この土砂降りの中ずぶ濡れでしゃがみ込んでんじゃねえよ…酔っ払いかなんか知らねえけど、せめて軒下で雨宿りするとかあんだろ……コンビニの駐車場の隅っこでうずくまるヤツに声を掛けるオレってお人好し…

「あの、大丈夫ですか」
「…あ、はい…だいじょ」
「うぶ、じゃなさそうですね…立てますか」
「だいじょぶ、です…」
「とりあえず、濡れない場所に……って、桜庭!?」
「…? あ、はい…」
「アンタ、何やってんだこんなとこで」

 

バイトの帰り道、ベロベロに酔ってずぶ濡れの桜庭を拾った。日中、宗弥むねひささんと橘さんから連絡があったけど、まさかオレが遭遇するとは運が悪い。多分……宗弥さんと何かあったんだろうけど、どうしようか。橘さんには連絡しておいて…湊にちょっと相談してみようか。

それにしてもこの酔っ払いをどうすりゃいいんだ。湊みたいにお姫さま抱っこはできなさそうだし…肩を貸すつってもオレよりデカいだろ桜庭…しょうがねえ、背負うか…背中で吐くなよ…

 

 

「おい、そのままだと風邪ひくから風呂に…」

やっとの思いでオレの家まで連れて来たのはいいけど、ああもう脚ガクガクなんですけど! つーかダメだなコレ…完全に前後不覚になってんじゃねえか。

「桜庭、とりあえず水飲んで」

グラスを渡すと一気に水を飲み干し、空いたグラスをそっとオレに返した。桜庭の服を脱がせて風呂場に叩き込ん…でも自分じゃ何もできねんだろうな…

バスタブに桜庭を沈めて、いや沈めちゃダメだ、座らせて熱めのシャワーを頭から浴びせながら、雨でずぶ濡れなのか桜庭の介護でずぶ濡れなのかわかんねえオレも一緒にバスタブでしゃがんだ。さすがに180cm超の野郎ふたりで入るにはこのバスタブは小さいな…

ちょっと待て、考えてみたらオレ湊とも一緒に風呂入ったことないんじゃね!? うわ、ハジメテを桜庭なんかに捧げちゃったよ……いやいや待て待てこれは介護であり人助けであってだな、つまりアレだ、ノーカンだノーカン。

 

冷え切った身体はあったまっただろうな、と桜庭を引きずって洗面所まで連れ出し、バスタオルで拭いたあと服を着せるだけの体力がオレにはもう残されていなかったので、そのままベッドに押し込んだ。ここまでしてやりゃ充分だろ。はあ…桜庭の服、洗うか……洗濯タグを確かめるオレって律儀だな、と思った。

「もしもーし、オレ」
「あれ、久御山、バイトは?」
「土砂降りだから」
「あ、そっか…お疲れさま」
「ほら、日中宗弥さんから連絡あったじゃん」
「うん、まだ帰ってないってさっき宗さんから電話あった」
「バイトの帰り、拾ったんだよね、桜庭」
「…は?」
「いや、うちの近所のコンビニでさ、ずぶ濡れんなってうずくまってたから」
「なんでそんなところに!?」
「わかんないけど…すげえ酔ってるから、なんかあったのかなあって」
「僕も詳しく聞いてないから……いま桜庭さんどうしてるの?」
「寝てる」
「そっか、じゃあ安全な場所にいるってことだけ、宗さんに伝えとく」
「うん、今晩迎えに来られても困るだろうからな…桜庭も」
「何があったか、にもよるけどね…単なる喧嘩かもしれないし」
「まあ、それならそれでいんじゃね? 明日帰ればいいだけの話だろ」
「……ねえ、ずぶ濡れって言ってたけど」
「脱がせて熱湯攻めにしてやった」
「危険な場所にいるって、宗さんに伝えたほういいかな」
「いま世界で一番安全な場所だわ! 桜庭に手なんか出さねえし!」

とんでもねえ話だ。

湊との電話を切って寝室に行くと、寝ていると思っていた桜庭がベッドの中で震えていた。あー、もしかして酔いが醒めかかって体温下がってんのか…ったく、どこまでも手の掛かるヤツだなオイ。しょうがないのでTシャツとスウェットを脱いでベッドに入り、桜庭を抱えた。わあ……ときめかない…

 

「……ん…」
「…酔い、醒めたかよ」
「…っ!?」

夜中に目を覚ました桜庭が、状況を飲み込めなくて慌てているみたいだ。まあ、そりゃそうか。気付いたら知らない部屋で、ベッドの中で裸体で、隣にはオレ。落ち着き払ってるほうが驚く。

「…久御山!?」
「そうですけど、何か?」
「なんで…」
「なんでって……アンタ、まったく憶えてないの?」
「……」

ひ、ひとが散々な思いでここまで連れて来て風呂まで入れてベッドまで運んでやったってのに…まったく憶えてないってどんだけ恩知らずだよ。鶴でさえ自分の羽根で機織るっつの。当然、恩を仇で返すようなヤカラにはお仕置きが必要だよなあ、とオレの嗜虐心しぎゃくしんに火がともる。

「……結構ヨかったよ、桜庭」
「え……」
「あんなにイイ声で鳴くとは思ってなかったけど」
「ちょっと…待っ……え?」
「もっかいヤる? オレまだ元気だけど」
「……え?」

見てるほうが憐れになるくらい動揺する桜庭を見て、笑いを堪えるのに必死だった。