初戀 第八十九話

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物 語
第八十九話 濡れぬ先こそ露をも厭え

 

「……いま…なんつった?」
「受験…やめる…ん……っ…あ…」
「待て、ちゃんと話を」
「話より…先に…すること……ある…ん…」

……そうだな、確かにこの状況で手を止めて冷静に話をしましょう、なんてオレは聖人でも仙人でもないから無理だな。せっかく明るい部屋でみなとがこれ以上ないってくらい発情してるのを、わざわざ落ち着かせるなんてデメリットでしかない。

こらえ性のない淫乱なムスコからあふれる体液を指先で拭い取り、そうやって濡らした指を卑猥で可愛らしい穴に押し込むと、なんの抵抗もなくするりと咥え込む。指先で探るようになでて行くと、一番イイところで小さな悲鳴があがり、オレの中の嗜虐心しぎゃくしんを存分に煽った。

「指、食いちぎりそうなくらい腹空かせてんの?」
「…っ…あ…あ、ふ…っう……」
「よくいままで我慢できてたなあ」
「くみ…や……あっ……れて…も、無理…」
「始まったばかりですけど?」
「んっ…欲し…久御山くみやま……お願い…」
「何が欲しいのか、ちゃんと教えてくれる?」

……ここで時間稼いでおかないと、挿れたら秒でイく自信あるからな……恥ずかしがりながら、しばらく悶えててくれ…

 

「…久御…山の……硬いちんぽで、イかせて…」

…っ、想定外過ぎるわ!! 時間稼ぎどころか、余計に興奮させてどうする!!

 

枕の下にあったゴムのパッケージを歯で切ろうとした時、湊が腕を伸ばしオレの口からゴムを取り上げた。いつも避妊(?)に厳しいくせに、どうしたんだ。

「いいよ…そのまま…」
「……えっ…」
「中で……出して…いいから…」
「本気?」
「ん…そのまま挿れて…」
はらんじゃってもいい?」
「…むしろ…孕ませてよ……」

以前、生でしたこともあったけど、そのあと感染症について湊に渾々こんこんと説教された気がするんだが……舌と指ですっかり柔らかくなった湊の小さな入口は、硬く膨張してるモノの先端を当てがっただけで、その半分以上をぬるっと飲み込んだ。

「……湊、ごめん…動けない」
「ふ…っ…あ、ん…ん…なん…で…」
「二か月禁欲生活送った挙句、生の感触はヤバい以外の何物でもない」
「何度でも…んっ…イけばいいから……突いて…」

……くっそエロい顔でエロい声出しやがって!!

さっき口でイかされた分、オレにだって意地ってもんが……あ、ないわ……

紅潮した頬も、眉間に寄せるしわも、堪える気もないかすれた喘ぎ声も、シーツを掴む指先も、動くたびに聴こえる粘度の高い水音も、持ち上げた太腿が汗を帯びて湿って行く感触も、そして何より、力一杯絡み付く内側の熱さと、淫乱で貪欲に食い付く小さな穴の締まりっぷりに、オレはもう成す術がなかった。

「久御山…削って…もっと…」
「…ごめ…一回イってい?」
「ん…いい…から……いっぱい出して…」

この時ほど賢者タイムがなくてよかった、と思ったことはなかったし、ひとより少し性欲旺盛でよかった、と思ったこともなかった。

「あっ…ん…はあ…っ…あ…くみや……イく…あっ…」
「ん……イく顔見せて」
「はあっ…あ、んん…っ…も、ダメ…あ、あ、あ…イ…」

ビクッと腰が跳ねたあと、力んでいた脚が小刻みに震え、湊の内側がうねるように収縮を繰り返す。伸ばした両腕でオレのカラダを引き寄せ、口唇くちびるを吸いながら舌を絡ませる。なんかその舌使い、一段とやらしくなってないか?

 

珍しく湊はオレの首に腕を回し抱き着いたまま、離れようとしなかった。いつもなら、コトが済むとぐったり横たわって、ちょっかい掛けると邪険にされる気がするんだが……そのうち、小さく鼻をすする音まで聴こえ、オレのHPヒットポイントが削られそうになる。

「……湊?」
「…本当に…孕めばいいのに……」
「孕んだら産んでくれんの?」
「産むよ……そしたら久御山、絶対離れないじゃん」
「は? こどもがいないと離れる可能性でもあるわけ?」
「……僕自身は何も持ってないから」
「ちょ、待て待て……一体なんの話だよ」
「物語の主人公と、通行人Aの差は大きいんだよ……」

── おまえが、どこで何してたっていいよ。怪我さえしなければ、ちゃんと生きてるなら、僕のことを思い出さない時間があってもいい。他の女の子と遊んでても、やりたいことを好きなようにやってくれてればいいよ。権利とか、そういうんじゃなくて、僕は自由に生きてる久御山が好きだから。

そう思うのは本心なのに、時々不安になるんだ。もし、久御山が帰って来なかったら、二度と久御山と逢えなくなったら、僕は普通に生きて行けるのかな、って。僕はどこにでもいる平凡な人間で、おまえをつなぎ留めておくだけの魅力も才能も何も持ってなくて、不釣り合いだよな、不相応だよな、って思い続けて来た。

受験だって……勉強なんてする必要のないおまえと、必死に勉強しなくちゃいけない僕とじゃ、そもそも時間の使い方が違うはずなのに、いつだっておまえは僕に合わせようとするだろ。そばにいてくれる安心感と同時に、無駄な時間を使わせてるって申し訳なさが常にあった。他にやりたいことあるだろうな、ってずっと思ってた。

そしたら、なんだか勉強してる時間がもったいないっていうか、無意味なんじゃないか、って気がして。僕はなんの取り柄も趣味もなくて、勉強以外することがなかったからいまの高校に進学できただけで、特に将来の夢があったわけでもない。むしろ、将来になんの期待もできない立ち位置だったから……希望もなかったし。

父親が大学教授だとか、叔父が東大出のエリートだとか、だから僕も大学出てちゃんとした肩書きを持たなくちゃ駄目なんだろうな、くらいしか進学の理由が思い浮かばなくて……もちろん、受験勉強に疲れて現実逃避してるだけかもしれない、とも思ったけど、それでもやっぱり具体的に将来は描けなくて。

「……オレはまた、ノンケの看板でも背負ってんの?」
桜庭さくらばさんと何してたのか、まったく興味ない態度取られたら……何かあるのかな、って…」
「そこまで言うなら訊くけど、あんな時間に何してたわけ?」
「……桜庭さんに連絡したら、出て来いって言われたから」
「ちょっと桜庭葬って来るわ」
「落ち着けよ……」

 

***

 

いつものように飄々ひょうひょうとした態度で、でも穏やかな態度は崩さず僕の話を黙って聴いていた賢颯けんそうは突然身体からだを起こし、険しい顔でベッドから降りようとした。本気で桜庭さんを葬る気満々か……

「なんで桜庭に連絡すんの? たちばなさんとか藍田あいだとか、相談相手なら他にもいるだろ?」
「……橘さんとか藍田となら、何かしてもいいわけ?」
「いい、って言うと思うか? オレが菩薩かマザー・テレサにでも見えんのか? あ?」
「じゃあなんでさっき詰めなかったんだよ」
「……それは…」

言葉を選んでるのか、賢颯は少しうつむいたまま黙り込んでしまった。

「言いたくないなら、別にいいよ」
「……そうじゃ…ないんだけど」
「言いづらいことを無理に訊き出したいわけじゃないから」

何もかもを全部さらけ出して、秘密を持たないとか嘘を吐かないとか、それはそこまで重要じゃない。伝えようと思ってたけどうっかり忘れてた、ってこともあるし、わざわざ言う必要のない些末さまつなことだってある。それが些末なことかどうかなんて、それぞれの価値観でしかないし、言わないほうがいいことだってあるし。

顔洗って来る、と立ち上がろうとした僕の腕を賢颯が慌てて掴んだ。

「言いたくないとかじゃなくて」
「……だから、もうその話はいいって」
「よかねえだろ……これで桜庭と気兼ねなく逢える、なんて思われちゃ困る」
むねさんが黙ってないよ、そんなことしたら」
「そりゃそうだけど……」
「おまえは詰めない理由を言わない、僕は桜庭さんと何をしてたのか教えない、これで平等だろ?」
「……ん間なんだな、って」
「何?」
「おまえも普通の人間なんだな、って思ったんだよ…」
「は?」
「あの時、オレより勉強が大事なんだな、って思ったから」

 

── いままで一緒にいて、ここまで勉強に時間費やすなんてことなかったから……なんか、オレのことなんてどうでもいいのかな、オレより大事なこともあるんだな、って思って。そしたら、ああ、湊も普通の人間なんだな、こっち側の生き物じゃねんだな、他のみんなと同じように悩んで、もがいて、苦労できんだな、って……

それが当たり前で、オレが圧倒的少数派だなんてことはわかってんのに、普通の人間として産まれた苦悩をオレは知ることができない。焦って、苦しんで、疲れてる湊を……いたわるより先に「羨ましい」と思ったんだ。おまえからすれば、羨まれることなんて何ひとつない状況なのに、この先も共有できないことが増えて行くんだな、って……見えない境界線があるっていうか……

オレ自身で、境界線を引いてしまった気がして。

 

「……桜庭さんに訊いてみたかったんだよ」
「何を?」
「宗さんみたいな完璧超人と一緒にいて、不安になったり卑屈になったりしないのか、って」
「桜庭、なんて?」
「しばらく考えたあと、いまからちょっと時間あるか、って」

 

───

 

待ち合わせた時間に大学の近くのファミレスに行くと、先に着いてた桜庭さんが立ち上がって僕に手を振った。

「あ、お待たせしてすみま…せん…?」
「悪いな、わざわざ呼び出して」
藤城ふじしろ、久しぶり……髪伸びたね」
「チビッコ、少し痩せたんじゃない?」

そこにはなぜか桜庭さんと、橘さん、綾小路あやのこうじさん、それから数人の女子がいた。

「あの……」
「ああ、弓道部の後輩、橘の中学時代の後輩、綾小路のバンドのファン、の、女子のみなさん」
「はじめまして!」「こんにちはー!」
「え、あ……藤城…です…」

キャーッという黄色い歓声? と共に大歓迎された僕は、どう振舞えばいいのかわからなくて、ただ困惑するしかなかった。っていうか、桜庭さんも橘さんも綾小路さんも、女子にまったく興味ないはずでは……?

「類は友を呼ぶって感じですよねー」
「イケメンがこんなに並んでると壮観……!」
「藤城さんって橘先輩より歳下なんですか?」
「身長高いですよね、何センチですか?」
「イケメンで身長高いとか、チート過ぎない!?」
「桜庭先輩も橘さんも身長高いですよねー」
「アヤも高身長のはずなのに、この中だと埋もれちゃうの笑う」

……ドリンクバーの烏龍茶と緑茶と紅茶を何杯飲んだだろう、という割と長い時間、女子のみなさんは飽きることなく、桜庭さんと橘さんと綾小路さんと僕を褒めそやし、世界の見え方が違うだの、住んでる世界が違うだの、イケメンは絶滅危惧種として国で保護するべきだの、まるでパンダでも見てるかのようにテンション高くはしゃいでいた。

それから半ば強引にLINEの交換会を経てお開きになったあと、帰り道で桜庭さんと橘さんと綾小路さんは、盛大に疲れた顔で苦笑しながら僕に言った。

「なんとなくわかっただろ? 自分の立ち位置っていうか」
「おれらレベルでも “住んでる世界が違う” とか言われちゃうからね」
「あの子たち、鏡像世界にでも住んでるのかなあ……ボクら、同じ空間にいたはずなのに」

……なるほど、結局相手によって見え方も感じ方も捉え方も何もかもが変わる、ってことを実際に体感したほうが早いと思って、あの場を設けてくれたってことか……口下手な桜庭さんらしいというか…

「おれは宗さんを完璧だと思うけど、はるかさんからすれば “困った弟” だろうし」
「さっきの女の子たちからすれば、桜庭も完璧な男だろうしね」
「久御山だって完璧に見えるけど、すぐブチ切れるし生意気だし、まあボクには優しいけど」
「おれには敬意の欠片かけらもないけどな…」

人間離れした美しさと頭脳を持ち、誰からも頼られ好かれる人たらし。僕から見た賢颯は完璧だけど未完成な部分もあって、それは他のひとから見た僕も、同じなのかもしれない。

僕のためにわざわざ時間を作ってくれた桜庭さんと橘さん、綾小路さんにお礼を言って、僕は数時間前より軽くなった足取りで賢颯の家に帰った。

 

***

 

「それで立ち直り掛けてたのに、なんか帰って来た久御山の態度、不自然だし」
「……突然出て行った理由が理由だったから…なんか、申し訳なさが前面に出てしまって…」
「結局、おまえが何考えてるのかわからなくて……ヘコんで、イラッとした」
「ごめん……」
「いいよ、もう……これで受験やめようって決心ついたし」
「いや、それとこれとは話が別でだな」
「僕が我慢できないんだよ」
「……え」
「見えないと不安になるのに、隣にいると……その…いろいろ、思い出しちゃって…」

湊は赤らんだ頬を隠すように俯き、口ごもった。

……嘘吐けよ、そんなこと思ってもないくせに。おまえの脳内の切り替えの速さはオレが一番よくわかってんだよ。勉強に没頭してオレを放置しないため、なんてこたあ考えなくてもわかるっつの。

再び、顔洗って来る、と立ち上がりかけた湊の肩を掴んで抱き寄せ、向かい合わせで膝の上に乗せると、よほど顔を見られたくないのかオレの肩に額を押し付けた。

「オレも将来のことなんて、まったく考えてないけどさ」
「……うん」
「もう少し、湊と学生生活送りたいなーって思う」
「……うん」
「受験終わるまでおとなしくそばにいるから」
「……」
「今日だけ、思う存分好きにさせて」
「完勃ちさせながら言うと説得力あるな……」
「……イくとき、ちゃんと名前呼んで」

 

湊は普通の人間で、一度見聞きしただけじゃ何も習得できなくて、一緒にいるとオレは時間を持て余してしまうけど、そのオレを寂しくさせてるんじゃないか、それが原因でオレが離れてしまうんじゃないか、なんてことまで考えて悩んだりする。バカだな、オレも湊も。お互いがお互いを失う未来だけは、ないってわかってんのに。

それでも、受験とオレを天秤に掛けてオレを選ぼうとした、って話は正直嬉しかった。自分の将来、丸ごとオレにくれるつもりだったんだな、って……引いた気がしてた境界線は、もうなかった。

 

***

 

「そういえば、桜庭たちと逢ってたのはわかったけど、夜中にふたりきりだったのはなんで?」
「ああ、渡しそびれたものがあった、ってわざわざ持って来てくれたんだ」
「その割には、帰って来るの遅くなかった?」
「少し話込んでしまったから……」
「……なんの話?」
「桜庭さんが受験生だった時の話」
「ほお……そのいにしえの話でなんか参考になることあったんかよ」
「まあ、単なる雑談みたいなもんだったから」
「ちょっと桜庭葬って来るわ」
「落ち着けって……」

 

受験真っ只中で宗さんとイイ雰囲気になっちゃって、でもその時は宗さんを既婚者だと思ってたから、勉強に打ち込んで余計なことを考えないようにした、と言った桜庭さんは、「結局、脳内で宗さんってワードが出るたびに思い出してしまって、まったく勉強なんか手に付かなかったけどな」と苦笑した。

「お守り代わり」と手渡されたものは、桜庭さんと宗さんが逢うきっかけを作った “奇跡の絶版参考書” だった。ある意味、宗さんと自分の命の次くらいに大切な宝物だろうに、と思っていると「絶対返せよ」と付け加えることを、桜庭さんは忘れなかった。

 

まあ、今日交換した女子のみなさんのLINEは賢颯がきれいサッパリ削除したけど、桜庭さんから借りた参考書の出処が宗さんだって知れば、さすがに賢颯でも捨てたりはしないだろう。