Alichino 6.

Alichino
物 語

code.06 抜け出せぬ者

 

ルフェルの執務室を覗いたあと、ここにいなければ……と、アヴリルとル・ルシュ、それからルシを抱いたユリエルは、もう一度塔まで戻り診療所を訪れた。なぜ診療所なんだろう、とル・ルシュは不思議に思いながら着いて行ったが、当たり前のようにルフェルはそこにいた。

ル・ルシュに抱き上げられたアヴリルを見て、エアリエルとフィール、それからミシャは素っ頓狂な声をあげ、ルフェルもまたその光景に驚いていた。見た目のコンプレックスからか、女性らしく扱われることにやたらと嫌悪感をあらわにするアヴリルが、おとなしく腕に納まっているとは、一体。

「あの、大元帥さま、お身体の具合がお悪いのでしょうか」
「……大元帥?」

ル・ルシュが聞き返すと、フィールは抱きかかえているほうを見上げ、まるで物の怪でも見ているかのような顔でルフェルを振り返った。大天使長さまは、ここに、おられる。もう一度ル・ルシュに視線を戻し、こちらの大天使長さまは、誰? とエアリエルに救いを求めるような目で訴えた。

「とりあえず、この彼を寝かせたいんだけど」
「あ、では診察室のベッドに運んでいただけますか」

エアリエルが診察室の扉を開け案内すると、ル・ルシュはベッドの上にアヴリルを横たわらせ、「もう十分ほどで切れるから」と笑顔を見せた。アヴリルがふいっと目を逸らす様を見て、エアリエルは眉間にしわを寄せる。

「ありがとう、助かったよ。ところで、どうしてそんな怪訝な顔を?」
「いえ、あの、大元帥さまの……その、体調が気掛かりで」
「体調は問題ないと思うよ。あ、そういえば大元帥さまっていうのは彼のこと?」
「……? はい、あの、防衛総局の」
「へえ……可愛い顔してるけど、実力者なのか」
「やめてください!!」

アヴリルの怒声に、エアリエルは慌ててル・ルシュを診察室の外へと連れ出した。

「……何、どうしたのよ大元帥さまを怒らせるなんて」
「あの、いえ、ちょっと……禁句を……」
「禁句……? 僕、怒らせるようなこと言ったっけ」
「あの、その、何と言えばよいのか……」
「……ああ、もしかして大元帥さまに可愛いとか美人とかきれいとか言いました?」
「直接は言ってないけど、それが禁句なの?」

ルフェルも、ユリエルも、ミシャも、フィールも、エアリエルも、一斉に溜息を吐いた。

「ゆうてあんたはん、ゆわれたないことかてありますやろ」
「そうか……可愛いなって思っただけで、傷付けるとは思わなかった」
「天真爛漫なおひとやなあ……なんや、さすが血族ゆう感じするわ」
「……どういう意味だ」
「血……族? 血族? え、この方ルフェルの血族なの?」
「説明する者がおらんので自分で説明してくれ」
「きみは説明できないのかい?」
「わたしより本人がしたほうがよかろう」
「僕はいち協力者のはずなんだけどねえ……まあ、わかったよ。僕はル・ルシュ=フェール・フラン、元天使だ」
「元? 元天使ってどういう……?」
「二百五十年前に堕天して地上に降りたんだよ」
「それが、なぜエデンに踏み込めるの?」
「なぜだろうね、僕にもよくわからないけど」

ル・ルシュは笑いながらそう話すと、ルフェルの父親だ、と付け足した。

「父親?」 「お父さま?」 「お父上?」

ミシャとフィールとエアリエルは驚き同時に聞き返した。え、どういうことでしょうか。豆鉄砲を食らった鳩よりさらに驚いた顔で聞き返す三人を見て、ル・ルシュは笑いながら話を続けた。

ルフェルは神の創造物ではなく、僕とルチアの子なんだよ。ルチアは魂を切り離していない完全体の天使だ。だからルフェルはフルブラッド純血種の天使で、僕も完全体の両親を持つフルブラッドなんだ。ルチアは……ルフェルの母親は彼を産んだあと病気で亡くなってしまったけどね。

「…………」

ルフェルは話をするル・ルシュの顔を見て、何も言わずにまた頬杖をついた。

「ここまでそっくりだと、パパひとりで産んだのかと思っちゃいますね」
「ちょ、ミシャやめなさい失礼でしょ……」
「いや本当にそうだよね! 僕もちょっとガッカリしてるんだよ……もっとルチアに似てればよかったのに……」
「ルフェルママは……どんな方だったの?」
「ミシャ! 話聞いてたでしょ!」
「いいよ、大丈夫だから。明るくて誰からも頼られる美人で、引く手数多だったよ」
「明るくて……ルフェルはその血をまったく継がなかったのかしら……」
「瞳の色と肌の白さは母親譲りだと思うんだけど」
「引く手数多のママを射止めたパパはしあわせね」

ルフェルは顔を上げ、話を止めようとしたがル・ルシュは優しく微笑みながら頷いた。

「うん、本当にしあわせだと思うよ」

どんな気持ちでそれを……とルフェルは複雑な面持ちでル・ルシュを見ていたが、ミシャはル・ルシュに負けないくらいの微笑みを浮かべながらうんうん、と頷いていた。

「こんなに愛されてて、ママもしあわせね」
「……え、本当? そう思う?」
「ええ、だって二百五十年経ってもまだしあわせだって言ってくれるんですもの」
「うん……そうか、そう思ってくれてたらいいな」

そこで診察室の扉が開き、ヨロリとアヴリルが待合室に出て来た。

「復活した?」
「ええ、ご迷惑をお掛けしました」
「迷惑ではないけど、もう平気?」
「はい、大丈夫です」

アヴリルが椅子に腰をおろすと、ル・ルシュはアヴリルに向かい「さっきはごめんね」と謝った。アヴリルが面食らっていると、一応揃ったみたいだから、とル・ルシュはルシの話を始めた。

「アリキーノの話だけど、堕天させる方向でいいの?」
「堕天しても命を狙われることに変わりがないのなら無意味では」
「神々の話では、エデンにさえいなければいいという感じでしたが」
「堕天せず地上で暮らし続けるって手もあるよ」
「そのメリットは?」
「ないね、どうやらルシは永遠の命を持っているようだし」
「ルシは三女神の創造物だ、なぜ永遠の命を?」
「理由はわからないけど、魂を切り離す時セスが一度失敗してる」
「あれは、そういう意味だったんですか」
「うん、最初に通常どおり切り離そうとしたけど魂は応えなかった。次に永遠の命を持つ天使の魂を切り離すための式術を唱えたら魂が呼応した」
「産まれた時から永遠の命を……フルブラッドと変わらない、ということか」
「そうだね、だから堕天しても多分不老不死のままだよ」
「……堕天したら心臓がリミテッドシードになると言わなかったか?」
「言ったけど、何かおかしな点でも?」
「魂を預けたままなら、心臓は狙われない」
「その場合は普通に羽根を狙われるだけだ」
「隠せばどうだ」
「何を? 翼を?」
「ああ、部隊の者や諜報部員はみな翼の変幻が自在だ」
「でもわたしたちは、神の力を借りて変幻自在になっただけなので」
「……借りなくてもできるけど」
「神の力を借りずに、翼の変幻が可能になるんですか?」
「うん、できるよ」

そう言うとル・ルシュは隠していた翼を広げた。

「僕はセスの力を借りてない」

ユリエルとミシャ、フィール、エアリエルはル・ルシュの翼を見て驚いた。

「パパ、ひとつ訊いてもいいかしら」
「うん、なんだい?」
「なぜ……パパの翼は奇数なの?」
「ああこれね、なんでだろうね……僕も知らないんだ」

ル・ルシュの背には、左に六翼、右に三翼と、合計九翼の翼があった。

「……ちょっと脱いでみてくれ」
「突然何を言い出すんだよ……」
「いいから、脱いでみてくれ」

ルフェルに言われ、息子の初めてのおねだりが「脱いでくれ」ってあんまりだなあと思いながら、ル・ルシュは上に着ているものをすべて脱いだ。ルフェルが背中を見ながらそっと指先で触れる。

「これ……」

全員がル・ルシュの背後に回り、背を凝視する。そして全員が背を触り出した。

「ちょっと待って、何なんだよ一体」
「背中に……傷がある」
「傷? まあ元は諜報部員だったから怪我のひとつやふたつは」
「エアリエル、この三つの傷は先天的なものなのか」
「触った感じだと……胎内の成長過程で失ったものではなさそうな……」
「それは、産まれたあとに抜かれたということでしょうか」
「故意か事故かまではわかりませんが、産まれた時は十二翼だったのでは」
「ル・ルシュ、任務中に拷問を受けたことは」
「そんな下手撃つわけないだろ……」
「ではこどもの頃に事故に遭ったことは」
「事故……か……記憶にないなあ」
「こどもの頃……ル・ルシュさん、いまおいくつなんですか?」
「七百くらいかな」
「七百年……こどもの頃、というほど古い傷ではなさそうですが」
「しかし、成人してからの記憶が抜け落ちてるとは考え難い」
「地上に降りてから、ということはないでしょうか」
「地上で翼を出すことなんて、風呂か水浴びくらいのものだからなあ」
「なんや大天使長、翼の数とアリキーノ、なんぞ関係あるんかいな」
「わからんが……何か引っかかる」

すると突然ルシが泣き出し、抱きかかえていたユリエルは慌ててルシを抱き直した。

「どないしたんいきなり……」
「ああ、お腹が空いたのでしょう」
「ゆうて、もう魂切り離されてんちゃいますの?」
「言われてみればそうですね」
「切り離した魂が定着してないから、まだ完全体と変わらないんだよ」
「そないゆわれても、どうしたらええのんや?」
「とりあえず三女神のところへ行きましょう」

 

ルフェルとル・ルシュ、アヴリル、ユリエルは孵卵室の隣にある新生児室を訪れた。声を掛け扉を開けると、クロトとカシス、アトスの三女神が「遅かったのね」とルフェルたちを迎える。そしてル・ルシュに気付いた三女神は三人で顔を見合わせ、それぞれの頬をつねったり髪を引っ張ったりして「痛いじゃないの」ともう一度ル・ルシュを見上げた。

「もしかして、ル・ルシュ=フェール・フランではないかしら」
「そうね、ル・ルシュに見えるけれど」
「でもね、ル・ルシュは随分前に行方不明に」
「久しぶりだね、クロト、カシス、アトス。元気だったかい?」
「やっぱりル・ルシュなの?」
「うん、紛れもなく本人だよ。ルシがお腹を空かせてるみたいで」
「ルフェル……自分の手に負えなくなって押し付けちゃったの?」
「随分と誤解があるようだが」
「とりあえず、泣いている子を渡してちょうだい」

カシスはユリエルからルシを受け取ると、部屋の奥のカーテンを開け中に入って行った。

「もうそろそろ三歳になりそうだが、まだ固形物は食べられないのか?」
「場所が同じなだけで、普通に食事をしてるわよ」
「なるほど……ちなみに何を?」
「日によって違うのだけど、シチューやポトフ、グラタンなんかが人気ね」
「それは、人間とまったく同じもので構わんのか?」
「ええ、まったく同じものよ」

すると部屋の奥からルシの泣き声が聞こえ、俄かに新生児室が騒がしくなった。カシスがカーテンの奥で「ちょっと誰か来て」と呼んでいるが、カーテンの奥に何があるのかを知っているルフェルとアヴリル、ル・ルシュは急いで駆け付けることを少々ためらっていた。

「なんでやねん」

ユリエルが部屋の奥へ行き、カーテンを開けると「待ちいな、どゆことやねん」と驚愕して声をあげた。さすがにただごとじゃないと感じたルフェルたちもユリエルの元へ駆け付け、部屋の中を見ると ── 部屋にあるものがすべて宙に浮き、いま正にそれらが降って来ようとしていた。

「カシス、出て来い」
「馬鹿言わないで、他の子たちをどうするのよ」
「とにかく全員出て来い!」
「間に合うわけないでしょ」

物理ではどうしようもできひんやろな……どないして止めよか……

ユリエルは右手をかざし、目を細めると「三十秒の合間に避けてや」とカシスたちを促した。ルフェルとアヴリル、ル・ルシュは中にいる小さな天使たちを抱えて外に出し、カシスはルシを抱きかかえて部屋の外に出た。ナーサリーたちが外に出たことを確認すると、ユリエルはもう一度右手をかざし、その手を引き寄せた。

宙に浮いている部屋のありとあらゆるものが、ユリエルに引き寄せられ、そしてユリエルの目の前で消えて行く。

「……時間魔法に空間魔法を連続で撃てるのか、プリースト」
「詠唱時間ないさかいに、三十秒しか稼がれへんのやけど」
「無詠唱で時空魔法を撃てることが驚きだよ……本職が魔法使いなのかい?」
「そんなあほな……普通に司法省所属の神仕えですわ」
「ユリエル……おまえ、一番適任じゃないのか?」
「何の話やねん」
「司法長官、ちなみに消えたものってどこに行くんでしょうか」
「一旦亜空間に放り込んでるだけやさかい、治まったら取り出すわ」
「取り出すことができるのかい?」
「そらそうやろ、宇宙空間につないだら戻せへんけど、そこまでの規模やない」

フィオナの執務室での惨状を知っているルフェルとアヴリルは、この時ほどユリエルを尊敬したことはなかった。そしてふたりが「魔法を使えたほうがいいかもしれない」と思ったことは、言うまでもなかった。

ル・ルシュは泣きじゃくるルシを抱き上げ、「随分と慌てん坊さんだなあ」と頬の涙を親指で拭いながら笑った。「ごめんよ、お腹空いてたんだね」と言うと、ルシはル・ルシュの首にしがみ着き、「ごめんなさい」とまた泣き出した。

「もう意思の疎通が図れるのか」
「三歳くらいにもなれば、普通に会話はできるんじゃないか?」
「慌てん坊さん、とはどういう意味ですか」
「ああ、口の中火傷したみたいだよ?」
「……まさか、それが引き金なのか」
「お腹を空かせたこどもにとっては死活問題だろ?」

 

次の日、ルフェルの執務室にル・ルシュ、アヴリル、ユリエルが集まり、今後のことを話したい、とル・ルシュが説明をし始めた。ルシは地上の僕の棲み家に連れて行こうと思うんだ。日替わりでルシのそばに誰かが着いていれば特に困ることもない。職務のことに関しては、開いた穴は僕が埋める。

「諜報部は問題ないだろうが、防衛総局と司法省の仕事は大丈夫なのか」
「教えてもらえば覚えるよ」
「防衛総局も問題ないと思います。主な職務は訓練と戦闘ですから」
「司法省も大丈夫なんちゃいます? 僕のほうで予定動かせるさかい」
「じゃあ早速だけど、今日は安全保障省に行こう」

 

ル・ルシュとアヴリルは新生児室にルシを迎えに行き、それから防衛総局の会議室へと向かった。

「ルシ、おはよう」
「おはよう ルル」
「もう挨拶ができるんですね、ルシ」
「おはよう リル」
「おはようございます、ルシ」

いつもなら午前中は、アヴリルが執務室で仕事をしているため訓練はないが、戦闘員たちは招集を掛けられ少々不安に思っていた。朝から戦闘なのか、と集まって来た戦闘員たちは会議室の扉を開け、「戦闘より気が滅入る」と肩を落とす。全員が溜息を吐き、肩を落としながら席に着くと、アヴリルが話し始めた。

「おはようございます。突然ですが、今後の予定についてみなさんに協力していただきたいことがあります」

言わなくても大体わかる、大元帥さまの代打で大天使長さまが指揮を執るとかそういう話だろう。

 

「大元帥の代わりにしばらくの間総指揮を執るル・ルシュ=フェール・フランだ。やり方に差はあると思うが、進言してくれれば善処する。バトルクラスはアドヴァンス、レベルはSS、ポジションはプロフェッサー、何か質問があれば、どうぞ」

大天使長ではない、ということに戦闘員たちは安堵したが、同じ顔だということからやはり肩の力は抜けなかった。何よりバトルクラスも、レベルも、ほぼ大元帥と変わらない。そんな素人がいるわけない、と思った戦闘員のひとりがル・ルシュに向かい手を挙げた。

「あの、所属はどこなのでしょうか」
「前職は総合情報局の秘密情報部だよ」
「ということは、諜報部員の方ですか?」
「エージェントでもオフィサーでもない、教育機関の教授職だけどね」

 

言葉で説明するより早いだろう、と一行は屋外訓練所に赴いた。今回は精鋭部隊が相手ですので実践で構いません、とアヴリルが言うとル・ルシュは「いつでもどうぞ」と笑顔で答えた。

「ちなみに、剣術と格闘ならどちらが得意なんでしょう」
「どっちも同じくらいじゃないかな、臨機応変で」

ひとりの戦闘員が「格闘で構いませんか」とル・ルシュに訊ね、ル・ルシュはそれを快諾した。大天使長と同じ顔のこの方は、どこまで強くてどこまで無慈悲なのだろうか、と戦闘員たちは期待半分、恐怖半分で実地訓練を見守った。

「行きます」と戦闘員が声を掛け、間合いを詰めるための隙を窺っているがなかなか動こうとしない。アヴリルはその様子を見ながら、賢明な判断だな、と思った。しかしこのままではまるで訓練にならない。しばらく考え、アヴリルはル・ルシュに「少々ハンデをいただいても構いませんか」と訊いた。

「構わないけど、それで訓練になる?」
「問題ないと思います。いまのままでは膠着状態が続くだけですので」

アヴリルはル・ルシュの利き手と利き足に、それぞれ5kgのリングウェイトを装着した。これはさすがに重くない? とル・ルシュは笑いながら言うが、それくらいではハンデとも言えないだろう、とアヴリルは思っていた。

「では、行きます」と戦闘員は構え、瞬時に間合いを詰めた……が、懐に飛び込んだと思った瞬間ル・ルシュはウェイトを着けた利き足で戦闘員のみぞおちを蹴り抜いた。当然戦闘員は後隙の対応ができず転がるしかない。

「当たり前だけど、ウェイトの分だけ威力は上がるよ」
「通常、ウェイトの分だけ動きが鈍って威力は落ちるはずですが」
「僕に限って言えば動きの速さは変わらない。ウェイトが乗った分打撃が重くなるだけだ」
「なんてでたらめな身体構造なんですか」

次の戦闘員は剣を使いたいと言い、それもル・ルシュは快諾したがウェイトを外したいとアヴリルに訴えた。アヴリルが理由を訊ねると「大事な部下を殺されたくないだろ?」とル・ルシュは笑う。剣の軌道を緻密に計算しているということか、とアヴリルはル・ルシュのウェイトを外した。

久しぶりだけど、ちゃんと起きてくれるのかなあ、と言いながらル・ルシュは右手で空を切った。

「……妖刀村正ムラマサ?」
「へえ、さすが詳しいね」

ル・ルシュは大太刀を片手で払い、2mはあろうかという村正を片手で構えた。赤黒く血のようなオーラを纏う刀身は、まるでぶれることを知らず、戦闘員が斬り掛かって来ることをただ待っていた。

当然のことながら剣を構えた戦闘員は、除隊願いの書式ってどうだったかな……と考えていた。