初戀 四方山話 其の肆

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四方山話 其の肆 犬も歩けば千載一遇

 

「新入生宣誓、代表 一年三組 藤城 湊ふじしろ みなと

「はい」

 

「あの子が入試トップだった子?」
「宣誓って毎年そうらしいよ」
「へえ……いかにも、って感じの眼鏡くん」
「勉強できそうだよね……頭良さそう」
「脳の構造が違うって、絶対」
「ふっ……女知らなさそう」
「ああ、知らなさそう」

 

まあ、確かに女知らなそう……っつーか言ってるおまえらは知ってんのかよ、って話ではある。

進学校ってどこもそうなのかな…入学式に宣誓文読むとか、どうせネットに落ちてるヤツをそれらしく整えただけだろうけど、読んでる本人もある意味被害者だよな……めんどくせえ。

入試トップだった女知らなそうな眼鏡くんは宣誓文を読み終えたあと、ぎこちない足取りで自分のクラスの座席に戻り……お約束のように隣の椅子に足を引っ掛け思い切りつんのめった。派手なご退場だな、まったく。

「大丈夫?」

倒れ込んで来る女知らなさそうな眼鏡くんを避けるのもアレだったんで、とりあえず転がらないよう抱き留めた。軽っ、制服から判断するに男だと思ってたけど、もしかして女の子だったのか? という軽さ。

「えっ、あっ…!」

顔を真っ赤にしながらうつむく眼鏡くんを抱え起こし、引っ掛けて倒れ込んだせいで若干ズレた椅子を元に戻してから、椅子をポンっと払って「どうぞ」と言うと、泣きそうな顔で俯きながらそっと座った。

 

───

 

入学式で派手な音を立てた眼鏡くんのせいで、図らずとも目立ってしまったらしいオレは、教室に入ろうとするのを阻まれ廊下で女の子に囲まれている。いや、女の子は好きだけどそろそろホームルームとか始まるだろうし、解放してくれねえかな……ふっと教室の中に目をやると、さっきの眼鏡くんは机に突っ伏していた。

 

「一年間きみたちを受け持つこととなりました、岸です。今日は初日なので定番中の定番、ザ・自己紹介をしてもらいます」

教室に入って来た担任はにこやかにそう言ってのけた。コミュニケーションの一環のつもりだろうが、突然そんなことを言われて上手に己をアピールできるヤツなんてどんだけいるのか。めんどくせえ。

あいうえお順で並んでいるっぽい席順を考えるに、オレの番は割と早いだろうな……

一ノ瀬 公彦いちのせ きみひこです。中学ではサッカー部に所属してました。よろしくお願いします」

沓川 恭平くつかわ きょうへいです。男子校だったので共学目指しました」

……中学校の話なんてしても、誰も知らんだろうしな……ここはテキトーにお茶でも濁しておくか……

久御山 賢颯くみやま けんそうです。最近東京に来たばっかりなので、色々教えてください」

教室内が俄かに騒めいた。ハイハイ……訊かれそうなことは大体予測が付く。

「久御山くーん、どこ住みー?」
「身長何センチー?」
「彼女いますかー」

 

「先生の前で堂々とナンパしないように」

……オレがどこに住んでよーと身長が何センチだろーと彼女がいよーといまいと、きみたちには何の関係もないし、迷惑も掛けないと思う。多分。

みんな出身中学とか部活の話とか趣味の話とかしてるけど、その情報に興味のある人間なんてどれだけいるんだろうな……と思っていると、入学式で宣誓文を読んで派手に転びそうになった眼鏡くんが立ち上がった。

「藤城 湊です……よろしくお願いします」

……なるほど、見た目同様おとなしくて内気で人見知りをグツグツに煮込んだみたいな性格なのね、と少し可笑しかった。

「あ、宣誓やってた子じゃん」
「ほっそ……羨ましいわ」
「勉強できそう」
「女知らなさそう」
「まだ言うか」

女知らなさそうでも、間違いなくきみたちより賢いことだけは事実だ。あえて本人に聞こえるように言っちゃうあたり、この前まで中学生だったマインド全開だなおい。まあ、それだけ他人に興味があるってことだろうから、ある意味そこは羨ましい。

 

───

 

入学式とよくわからんホームルームを終え、とりあえずバイト先をなんとかしないとなあ……とスマホを眺めながら玄関に向かっていると、どこからともかくわらわらと湧いた女の子に絡まれ、スマホを手にしてた関係上、一気にLINEの友だちが増えた。いやいいけど、多分オレ、誰ひとり顔と名前が一致してない自信ある。

「久御山くん、何処に住んでるの?」
「ああ、武蔵野市?」
「へえ、そうなんだ! お父さんの転勤か何か?」
「まあ、そんなようなもんかな」
「超気になってること訊いてもいい!?」
「なに?」
「久御山くん、ハーフか何かなの? 髪の色とか瞳の色とかさ」
「ああ、うん、そんなところかな」
「やっぱり!? 身長も高いしイケメンだし絶対そうだと思ったんだよねー」

それとハーフの因果関係って一体どこにあるんだ。身長も面構えも単なる自分の好みの問題じゃね?

それよりバイトどうしようかなあ、と考えながら歩いてると、向こうから入学式で宣誓文を読んで派手に転(略)が歩いて来るのが見えた。なんつったっけ、藤城だっけ。

玄関からこっちに向かって来るってことは、忘れ物でもしたのか? とはいえ今日はまだ持って帰らなくちゃいけないものなんて、そんなになかった気がするけど。

そう思いながら近い距離まで来ると、藤城はオレから目を逸らしその場で立ち止まった。教室に戻ろうとしてたわけじゃなかったのか、それとも廊下でガヤガヤと横に広がって歩いてたオレたちが邪魔だったのか。

 

「……どうしたの?」

なんとなく気になって声を掛けてみた。オレたちが邪魔だった、って話ならオレに罪はなくとも責任はある。

「や、あの……えっと……」

……あれ、もしかして何か用事でもあったのか。何もなけりゃここで言い淀むことはないと思うんだが。初対面でそこまで重要な話はないと思うけど、アレか、周りの女の子が気になって話しづらいってことか。

オレは藤城の肩を抱き、少し離れた階段のわきまで移動したあと、一応周りを確かめた。聞かれたくない話とかなら、と思ったうえでの確認だったわけだが、初対面の人間に聞かれたくない話なんてするわけもないよな、とあらためて思い直し、もう一度訊ねた。

「どうしたの?」
「あ、あの、入学式で助けてくれてありがと…それだけ」
「わざわざそれが言いたかったの?」
「うん……」

……可愛いかよ。

オレにそんなことを言うために、一旦帰ろうとしたってのに戻って来たわけ? いまどき、なんて律儀な……

「いつでもどうぞ」

そんな細くて軽い身体からだ支えるくらいわけねえわ。お礼を言われるほどのことをしたつもりもなかったオレは「どういたしまして」という極当たり前の返事をすることが妙に照れくさくて、なんだかひねくれた返事をしてしまった。

 

「あ、眼鏡くんじゃん」
「どこにいても賢そう」
「当たり前じゃん」
「学年トップの秀才とは住む世界が違うよねー」
「脳みそ分けて欲しい」

女の子たちもわかりやすいよなあ……そんなこと、本人に聞こえる大きさで言う必要性をまったく感じないんだが、自分より頭脳はともかく立場が下だと認識した人間には何を言っても赦されると思ってるんだろうし、なんなら最初が肝心、といわんばかりに見下した態度を取っておけば、後々敵になることはない、っていうある種の牽制か何かか?

「んー、でも可愛いじゃん」
「可愛い?」
「うん、なんだっけ、ほらチワワみたいで」

……少なくとも、初対面で不躾に住んでる場所やら彼女の有無やら身長やら、パーソナルなことを根掘り葉掘り訊いちゃうような人種に比べると、わざわざお礼を言うためだけに引き返して来たチワワのほうが全っ然可愛いわ。

 

───

 

小学生の時も中学生の時も、当たり前のようにその髪の色は染めてるのか、瞳の色が青いのはカラコンなのか、ハーフなのかクォーターなのかと訊かれ慣れてたけど、高校に入ってもやっぱり “他とは違う容姿” ってのは放っておいてもらえなかった。よくまあ休み時間のたびに現れるよなあ。

高校に入ると色恋があからさまに絡んで来るのか、彼女の有無を訊かれることが増えたように感じる。彼女がいたらオレに対する興味がなくなるってんなら、そもそもオレに対する興味なんざその程度ってことだろうし、オレのことを知りもしないくせに、まず彼女の有無が気になるっていう意味がわからん。

「久御山、おまえ女絡みで地元に居づらくなったってマジ?」
「は?」
「あ、それ俺も聞いたわー……なんか日替わりで彼女七人いるんだって?」
「当事者のオレが初耳だわ!」
「フランス人とのハーフって聞いたけど、実家フランスなの?」
「いやそこまで遠くねえよ」
「久御山、おまえ両刀だって聞いたけど」
「知らん、試し斬りしてみるか?」

なんかパトロンがいるとかモデルのバイトしてるとか、クラスメートから聞くオレの噂にまともなものはひとつもなく、途中から「次はどんな噂が立ってんだろう」と学校生活の楽しみのひとつにさえなりつつあった。

 

──

 

学校に学食はあるが、値段はそこまで安くはないので、自分で弁当を作るという特殊技能を持ってないオレの昼メシはもっぱら購買で買うパンがメインだった。運がいいとおにぎりなんかも買えるけど、そもそもの入荷数が少ないからか秒で売り切れるのでお目に掛かることはほとんどない。

屋上は事故が起こると全国ニュースなんかになるので、施錠されてる学校も多いが、ここは結構高い柵とフェンスに囲まれているためか、自由に出入りすることができた。

女の子に囲まれてわちゃわちゃするのは決して嫌いじゃないけど、それが毎日続くとなるとさすがにオレでも疲れる。なので、たまに屋上に設置されてる塔屋の上で昼休みを過ごすことがあった。塔屋には空調とか給水とか、何か機械関係の設備があるんだろうけど、そこは鍵が掛かっているので中には入れなかった。

 

「いい天気だな……」

塔屋の上で横になり、なんとなくうとうとしていたところで下のほうから声が聞こえ、近くに誰かがいると思ってなかったオレは身体を起こし下を覗き込んだ。

「ビックリした……誰かと思った」

相手はまさか塔屋の上にひとがいるとは思ってなかったらしく、オレよりさらに驚いているようだった。そりゃそうか、塔屋の上ってのは一応点検のために梯子っぽいものが付いてはいるが、力を入れて引き寄せたらバッキリ取れそうなほど頼りない造りで、わざわざそれを伝って登ろうとするヤツはほぼいない。

「……久御山?」
「藤城でも天候気にするんだ」
「さすがに雨が降れば傘も差すよ」
「まあ、そりゃそうか」

……あれ? 藤城ってこんな風に切り返すヤツだったっけ? ちょっと面白くなったオレは、膝の上で弁当を広げてる藤城に手招きしてみた。思いのほかあっさりと藤城は近付いて来て、食い掛けの弁当をオレに預け、取れそうな梯子っぽいものに手を掛けた。まあ、藤城くらいの軽さなら問題ないだろ。

「……手、貸そうか?」
「登れるよ」

教科書や参考書の入った鞄より重いものを持ったことのなさそうな藤城は、思った以上の身軽さで塔屋の上にたどり着いた。

「いつも屋上で食ってたっけ?」
「いや……教室が騒がしくて落ち着かなかったから」
「へえ……何かあったの?」

白々しく返してはみたものの、多分オレのせいなんだろうな、ということは容易に想像できた。別に自分から率先して女の子を集めてるつもりはないけど、毎日毎日砂糖に群がる蟻の大群を見せられてるほうにしてみりゃ、因果関係なんざどーでもいいわな。

藤城は再び膝の上に弁当を広げ、まだ半分も食い終わってない昼メシの続きに取り掛かった。

「……いいね、弁当」
「こんな庶民の弁当が?」
「庶民の弁当ってなんだよ」

いや、たとえ金持ちだったとしても、毎日料亭の手掛ける高級仕出し弁当なんか持って来るような学生はいねえだろ……

「……食べる?」

一瞬、藤城の言ったことの意味がわからなかった。え、いま、食べる? って……

「えっ、いいの?」
「いいけど……別に普通だよ?」

弁当箱をオレの前に差し出し、ご丁寧に箸まで渡そうとした藤城の厚意を完全にスルーしてオレは卵焼きをつまんだ。唐揚げとか、彩りを考えて添えられた野菜なんかもあったけど、鮮やかな黄色が一番美味そうに見えたし、せっかくなら随分とご無沙汰している “家庭の味” 的なもののほうがよかった。

「うまっ! 甘っ! うまっ!」
「うちの卵焼き、甘いんだよね…」
「卵焼きは甘いほうが美味いじゃん」

……卵焼きって、こんなに美味かったっけ? うちで出てくるの、卵焼きっていうよりだし巻き卵に近いから、甘い卵焼き食べたのなんて何年振りだろう。つまんだ指に付いてる油をペロっと舐めると、指まで甘くて美味かった。

「……指まで美味いな」
「指まで美味いって、どんなだよ」
「いや、マジで…食う?」

そう言って藤城の口元にひと差し指を出してみた。まあ、いまオレが舐めちゃったからすでに旨味成分はオレの腹の中だろうし、内気でおとなしくて人見知りの藤城が、こんな低俗な冗談に乗って来るとは当然思わなかった。

 

「あ……」

オレの予想を裏切り、藤城は伏し目がちにオレのひと差し指を咥え、味を確かめるように柔らかな舌をそっと動かした。えっ……さすがに藤城がこんなことをするとは思ってなかったんだけど……っていうか、人間の口唇くちびるとか舌ってこんなに柔らかかったっけ…

「……ほんとだ、指まで甘い」
「藤城、おまえ……」
「……なんだよ」
「いや……エロい顔するんだなあと思って……」
「は!?」

もちろん藤城にそんなつもりは毛頭なかっただろうけど、不意打ちを食らったオレの中で、このことはちょっとした事件と言ってもよかった。別に、指を舐められることに抵抗なんかはないし、普段それ以上のモノも舐められたりしてるわけだから、免疫がない、なんてことは絶対にないんだが。

ただ、普段他人とまともに目も合わせないような藤城が、いくら指とはいえ他人の一部を舐めるという行為が、なんか卑猥でいやらしくてエロいな、と思えて仕方なかった。

……というオレの下卑た思いを粉々に砕くかのように、塔屋の下から女の子の本性丸出しな会話が聞こえて来る。

 

「でも三年の女子がヤリ逃げされたって騒いでたじゃん」
「はあ? ヤリ逃げ上等! この際セフレでもいい!」
「イケメンなんだから性格なんて外道でもいいのよ」
「イケメンで性格まで良かったらそれこそ怖いっつの」
「あれ、本当なのかな」
「ほら、ハーフで隠し子いるとか」
「隠し子上等! 外道でカッコイイじゃん」

ほう、外道であることがカッコイイなんてことは知らなかったが、なんだ、いま隠し子がいるって噂まで立ってんのか。噂になってる時点で全然隠せてねえ、としか思えないんだが、ほんと、想像力だけは豊かだよなあ、みんな。

「付き合いたいとは思わんけど、記念に一回くらいヤっときたい」
「ああ、わかる……付き合うのは苦労多そう」
「絶対本気で恋愛しなさそうじゃんね」
「ああ、馬鹿にしてそうだよね、恋愛とか」

一回ヤって後腐れなく離れてくれるってんならオレは別にそれでも構わんけど、いままでのことを考えるに必ず後で揉めることが目に見えてる。玄人ならともかく、似たような年齢のシロウトなんて、絶対に手を出しちゃいかん人種だ。

 

予鈴が鳴ってバタバタと肉食女子たちが去ったあと、藤城はなぜか申し訳なさそうな顔でオレを見ていた。慣れてるからなんとも思わんけど……それよりオレは、藤城が弁当を食い終わってないことのほうが気になった。五時限目の選択授業は別に必須なわけでもないし、サボっちゃおう、と藤城に言ってみた。

「なあ……どう思う? あ、弁当食えよ」
「う、うん……どう思うって、何が?」
「オレ」
「久御山のこと?」
「恋愛、馬鹿にしてそう?」
「…まだ……わかんないよ……ちゃんと口きいたのも初めてだし…」
「そりゃそうか」

 

あえて話す必要もなかったけど、なんとなく藤城がさっきの肉食女子の話を気にしてるような気がして、オレは割とお気楽に自分の身の上について少し話をしてみた。

家族親族全員フツーに日本人なこと。当たり前だが貴族じゃないこと。バイトはしてるけどモデルなんて華やかなものではないし、パトロンもいないこと。隠し子については、まあ、なんとも言えんこと。

ヤリ逃げの話に心当たりがないことも、セフレが(ここには)いないことも、記念にヤるのはやぶさかではないけど面倒だなって思うことも、恋愛を馬鹿にはしてないことも。

「久御山、僕は……」
「あ、いや、おまえが噂を信じてるとか思ってるわけじゃないけどさ、なんつーの、卵焼きくれたから」
「た、卵焼き?」
「うん、卵焼きって弁当の中で割と重要な位置占めてるじゃん」
「ま、まあ……そう…かな?」
「オレになんか興味ないかもしれんけどな」

塔屋の上で横になっていたオレは、よっこらしょ、と身体を起こし、いまの話を聴いた藤城がどんな顔をしてるのか気になって確かめた。弁当を食い終わった藤城は、微妙な顔で空を眺めていた……けど。

「ちょっ……何するんだよ」
「……藤城…おまえ……」

所在なさげに空を見上げていた藤城の眼鏡をそっと取ってみた。いまどき超薄型レンズなんかでも眼鏡は作れるだろうに、なぜにこんな分厚い眼鏡を……と藤城の顔を見て驚いた。

えっ……何、その別人みたいな可愛い顔は……陽に当たってない白い肌と、薄茶色の虹彩。こぼれ落ちそうなデカい目をぐるりと覆う長いまつげ。どっからどう見ても女の子にしか見えねんだが。

「返せよ……それないと何も見えないんだよ」

可愛い顔を分厚い眼鏡で隠してる理由とかあるのかな。高校生にもなればオシャレに目覚めてコンタクトにするヤツも増えると思うけど、そういうことにまったく興味のない人種なんだろうか。

眼鏡を取り返そうと一所懸命手を伸ばす藤城がなんだかこどもみたいで笑いそうになった。眼鏡ひとつでこんなにムキになるか? ほらほら、そんな反射速度の鈍さじゃ一生掛かっても取り返せねえぞ?

 

……その時、なぜかさっきオレの指を咥えた藤城の顔を思い出した。

 

オレに伸ばした手を掴み、そのひと差し指を咥え根元からゆっくり舐め上げたあと、上目遣いで藤城の顔を覗き込んだ。

「……っ!」
「結構……やらしー気分になんだろ?」

その顔からは、驚きや戸惑いなんかは読み取れたが、不思議と嫌悪感のような悪感情はなかったように見えた。頬を紅潮させてるのは、眼鏡を取り返そうと必死だったからか、慣れない状況に照れているだけなのか。

「く、久御山……」

どっちにしても、オレから少し視線を逸らしながら俯く藤城をただ「可愛いな」と思った。特に理由があったわけでも、意図するところがあったわけでもなく、まあ、本能としかいいようがないっちゃーないんだが、オレは藤城を引き寄せ、その口唇にキスをしながら、やっぱり「人間の口唇ってこんなに柔らかかったっけ」と思っていた。