code.08 充たされぬ者
ル・ルシュ、愛してる……
でも……
「ルル ルル おきて」
ルシは小さな手でル・ルシュの肩を揺すったが、うなされるル・ルシュを起こせず、大きく深くなって行く不安に押し潰されそうになっていた。ルル おきて ルル……
そしてル・ルシュが気付いた時、すでにそれは始まっていた。
ル・ルシュは慌てて跳ね起きると勢いよくルシを抱きかかえ、あっ、と大事なことに気付いた様子でキャビネットの扉を開け目的のものを掴んで一緒に抱きかかえた。
新生児室での惨状を覚悟したル・ルシュは、腕の中にしっかりとルシを隠しながら少しでも衝撃が和らぐように、と翼を広げ背中を覆った。
「ルシ、聞こえるかい? ごめんよ、怖い思いさせちゃったかな」
「ルル どうしたの? くるしいの?」
「大丈夫だよ、心配掛けてごめん」
「ルル あのね こえが」
「声?」
「うん こえが きこえるの」
ル・ルシュに抱きかかえられ落ち着いたのか、部屋にあるものすべてが少し床から離れた位置で止まり、ゆっくりとそのまま元の場所に納まった。意思の疎通が図れるようになったからか、感情を爆発させる前に抑えることができたルシに、ル・ルシュは少しばかり安心した。
ルシを地上の棲み家に連れて来た初日に、部屋の中を滅茶苦茶にされては堪らない、とル・ルシュは自身のうたた寝を反省した。見知らぬ場所で放置され不安になるな、というほうが無理な話だ。
「その声は、なんて言ってるんだい?」
「ルルシュ ゆるして ルルシュ あいしてる」
「……他には?」
「うらぎったのは ぼくの ほうだ」
── 裏切ったのは僕のほうだ
なぜルシにそんな声が聞こえるんだろう。ルシの魂が僕の中にあることで僕の記憶が見えることはあるかもしれないけど……本人にしかわかり得ない言葉を、なぜルシが……
「ルシ、その声の話なんだけど……僕とルシとの秘密にしてもらえないかな」
「ひみつ?」
「うん、ふたりだけの秘密」
「わかった いわない ひみつね」
「ありがとう、ルシ」
ルシはル・ルシュに抱きかかえられたまま、ル・ルシュが一緒に抱えているものに気付き、興味深そうにそれを眺めた。
「ルル それ なあに?」
「ああ、これかい? これは僕だよ」
「ルル ここに いるよ?」
「これが割れると、ちょっと困ったことになるんだ」
「こまったこと?」
「うん、だから割れないように避けたんだけど、ルシが暴れなくて助かったよ」
「あぶない ルシ わるところ だった!」
「力を抑えられたんだから、褒められるところだよ」
ル・ルシュがルシをぎゅうっと抱き締めると、ルシはくすぐったそうに笑い、光を吸い込んで反射する水晶に見蕩れながら「ルル きれいね」とつぶやいた。「……きれいなもんか」ル・ルシュは口に出さずに飲み込んだが、ルシは意外そうな顔をしてル・ルシュを見上げ、「どうして? こんなに きれいなのに」と不満気に言った。
もしかして、魂が僕の中にあるから思ってることも伝わるのか……
すると、ルシは色素のない赤い瞳からポツリと一粒涙をこぼした。
「……ルシ? どうしたんだい?」
「わたしが……悪いんだ」
「ルシ?」
「見て見ぬふりをし続けてしまったから」
「ルシ、落ち着いて僕の話を聞いて」
「彼はずっと悩んでたのに……!」
ルシの赤い瞳から放たれた赤い光は、ル・ルシュの腕を焼き切り傷口からは血があふれた。それに気付いたルシは驚き、大声でル・ルシュの無事を確かめたが、ル・ルシュは笑って片手でルシを抱き締めた。平気だよ、と言いながらルシの背をさすり、慌てるルシを優しくなだめる。
随分と驚いているのが伝わって来る。ということは、瞳から光を照射したのは無意識だってことか……邪視とは違うようだけど、血が流れるってことはやっぱり水晶の干渉を受けていないんだな。感情のコントロールができるようになれば、さほど問題ではない気もするけど、それより……いま話していたのは、誰だ。
「ルシ、さっきの話だけど」
「さっきの はなし?」
「声が聞こえるだけで、何か見えたりはしないのかい?」
「あのね ときどき しらないばしょに いるの」
「知らない場所?」
「うん くらくて ランプがいっぱい ならんでる」
「ランプ……?」
「きの えだに ランプが」
「木の枝に、ランプが吊るされてるってことかい?」
「そう くらくて あかるいの」
それは、まさか……
「そこは かなしくなるから きらい」
次の日の朝、「なんや、ちいとも懐かしないな」と言いながら、ユリエルが地上にあるル・ルシュの棲み家にやって来た。ル・ルシュは、ルシの体調や昨日食べたものなどの話を伝えると、「念のために」とルシの瞳から照射される赤い光の話を付け足した。
「そら難儀なことやなあ……腕、見せてもうてええですやろか」
「構わないけど、それで何か対策でも立てられるのかい?」
「あほ言いな、僕は分析の専門家やない」
ル・ルシュの腕に巻き付けられた包帯を外し、あらわになった傷口を見ながら、「いやっ、わりかし深いやんか」とユリエルは眉間にしわを寄せた。「熱線で焼き切ったみたいなってるやん」と言い、左手を傷口に添える。
「……プリースト、まさか回復魔法まで使えるのか」
「あんたはん、ずっとプリーストゆうてるやないか」
「いや、神聖魔法が使えるだけかと思ってたから」
「……誤解あったら堪忍な、ゆうて僕スペルクラスはレジェンドで、ポジションはアークビショップですわ」
「プリーストどころじゃないじゃないか……」
「そうどすなあ……まあ職務に関係あれへんけどな」
「なぜウィザードに?」
「あんたはんみたいに腕っぷし強ないからですわ」
「ちなみにバトルクラスは?」
「あかんあかん、アッパーインター止まりやさかい」
「それでスペルクラスがレジェンドなら敵なしじゃないか」
「近接戦はからきしや……腕、どないですやろ」
「凄いな……もう全然痛くない……」
「さよか、ほなよろしおす」
ユリエルは部屋を見渡し、ああ、部屋も焼けてるやんか、と焦げた床を確かめた。そのとき後ろから勢いよくルシが抱き着き、ユリエルを大歓迎した。
「おはよう ユリ!」
「おはようさん、朝から元気でよろしいな」
「ユリ きょうも おうじさまみたい!」
「王子さま……確かに、ルフェルやアヴリルとは雰囲気が違うよね」
「あんたはんたち武闘派のお方とは住む世界ちゃいますさかい……」
「鍛えればいいのに」
「鍛えて結果出せてたら、血ぃ吐くような思いしてまで術師の道なんぞ進まへんわ……」
ほなお見送りしよか、とユリエルはルシを抱き上げ、ご丁寧に玄関からエデンに戻るル・ルシュを見送った。どこからでも飛べるやろけど……堕天したあとのこと考えて人間らしい習慣教えてはんのやろか……
「あのね ユリ」
「どないしたん?」
「ルシ みんなと いられないの?」
「特別な子ぉやさかいにな」
「とくべつって わるいこと?」
「なんでやねん、そないなことあるかいな」
「みんな エデンに いるのに ルシは いちゃ いけないんでしょう?」
「……僕はよう知らんけど、ここのほう安全やゆう話やさかい」
「ルシが? それとも みんなが?」
「どっちもや」
「みんな エデンが だいじ」
「どっちも大事やさかい、少ぅしずつ我慢してはるんとちゃう?」
「ユリ さみしい」
ユリエルの膝の上で向かい合って座るルシは、俯いて赤い瞳を潤ませた。アリキーノやゆうて、なんや恐ろしもんみたいに扱いよるけど、まだ産まれて五日やもんなあ……寂しなるんもしゃあないで……ユリエルはルシの背をなでながら、「ほな、ひとつ話しよか」と、気落ちするルシに話し始めた。
昔々あるところに、六翼を持って産まれた天使がいました。その天使は “六翼の熾天使” というギフトと引き換えに、病弱で大人になれないかもしれない、という不安定な魂を持っていました。なんとかして生かしたい神さまたちは、その天使を蝶よ花よと大切に育てました。しかし天使には、やはり大人になるだけの生命力はありませんでした。
そこで神さまは ── エデンで命が潰えてしまうなら冥界ではどうだろう、とその天使をハデスで育てることにしました。エデンの神さまの兄でもあるハデスの王さまは、エデンの光の力では生きられない天使に、ハデスの闇の力を与えることにしました。驚くことにその天使は、闇の力を糧に生き延びることができたのです。
闇の天使はハデスで育ち、ハデスで働きました。しかしエデンの神さまが戻って来いと言い、天使はエデンへと戻ることになりました。ハデスの王さまは天使を手放す条件として、ハデスで困ったことがあったときはその天使を遣わすように、とエデンの神さまと約束をしました。
天使は……友達も知り合いもいないエデンが嫌いでした。
「エデンが きらいな てんしが いるの?」
「そやな、エデンやからええゆうもんでもないっちゅーこっちゃ」
「ひとりぼっちは さみしいもんね」
「ここにいてたら、ひとりやないやろ?」
「うん ユリが いるから さみしくない」
ルシがユリエルの首にしがみ着くと、ユリエルはその小さな背をなでながら「お利口さんやなあ」と優しく笑った。ほんまはすぐ逃げ出すつもりやったけど……なんやかんやあこにおったさかい、いまこうしてるんやろな……
「……ここ、動いたあかんで」
膝の上のルシを椅子に座らせると、ユリエルはそっと家の外の気配に神経を研ぎ澄ませた。いち、にぃ、さん、しぃ……待ちいな、八体? 魂には二重に魔法かかっとる状態やで…しかも納めとる先は水晶やない……どこから漏れてんのや。産まれて五日、魂の存在に気付かれるはずないねん。
ユリエルは右手をかざし、部屋に結界を張った。ゆうても存在漏れてんねやったら結界にそない意味はないけどやな……
「翼、しまっとき」
「むり こわい しゅうちゅう できない」
「僕がいてるから」
「こわいよ むりだよ」
「何があっても、僕が絶対守るさかい」
椅子に座るルシの足元にひざまずき、ユリエルはルシの小さな手を握った。「ユリ……」ルシの背から翼が消えたことを確認すると、ユリエルはルシを抱き上げ部屋を移動した。結界の力で部屋までは特定できひんはずや。とはいえ……粉掛けて来よるのも時間の問題やろな。
「ユリ まほう むずかしい?」
「なんや、魔法使いたいんか?」
「ユリの やくに たちたいの」
「……手のひら、出してみ?」
ルシの手のひらを見て、「ちっこい手ぇやなあ」と笑いながら、ユリエルは自分の手のひらを重ねた。
「翼しまうんと同しよう頭空っぽにして、自分の魂の形想像してみ」
「たましい どんな かたち?」
「そうやなあ、丸いかもしれへんし、四角いかもしれへん」
「わかんないよ!」
ルシは笑いながらユリエルの瞳を見上げ、きっと こんな かたち と頭の中で思い描く。
「なかなか筋がよろしいやん」
ユリエルがルシの手のひらから自分の手をそっと離すと、ルシの小さな手のひらの上に、青く燃える小さな火の玉が浮かんでいた。
「あつくない」
「自分の火ぃは熱ないねん」
「これは ルシの 火なの?」
「そやな、その手ぇそのまま扉に向かって振ってみ」
たて? よこ? と訊くと、好きなほうでええよ、と言われ、ルシは水平にその手のひらを振った。小さな青い火の玉は空気を少しばかり熱しながら扉にぶつかり、チリッとわずかに音を立てて消えた。
「見てみ? 扉、少ぅし焦げてるやろ?」
「わあ ほんとだ! これ ルシの 火が やったの?」
「そや、初めてでちゃんとできるんはすごいなあ」
「ルシ やくに たつ?」
「上出来やん、ほんまようできたお子やなあ」
ル・ルシュの棲み家を無断で燃やしながら和やかに話していると、部屋にあるふたつの窓が耳を突き刺すような音を立て、全面がひびで曇った。これはあかんなあ、と言いながらユリエルは右手をかざし、次の瞬間割れて飛び散るガラスを一気に引き寄せ目の前で消す。
「随分とあらくたいこと、しよるやないか」
ユリエルはルシを抱きかかえ、割れてなくなった窓から「風通し良うなってもうたな」と外に出た。ちょうど庭に面した部屋だったようで、目の前には背の高いモミの木や樫の木、オリーブが並び、手入れの行き届いたコニファーが家の周りをぐるりと囲んでいる。
「アリキーノを寄越せ」
声のするほうに目をやると、底辺ではないが雑魚には違いないダークエルフが三体、弓を構えこちらの様子を窺っている。「術師相手に、物理て」と、ユリエルは右手をかざし三体のダークエルフを氷漬けにした。
「属性魔法の中で氷はちょっとややこしいねん」
「そうなの? かんたんなのは どれ?」
「一番簡単なのは火ぃやろなあ」
そう言うと、コニファーの陰から飛び出して来たダークエルフの足元を青い火柱で貫いて見せる。
「これくらいやったら、すぐできるようなるわ」
「ほんと?」 「ほんまや」
あとの四体どこやねん、と周囲を見渡すと足元に火箭が突き刺さり、矢の飛んで来た方向に視線を向けるとやはりダークエルフが弓を構えふたりを狙っている。ユリエルが右手をかざすと、別の方向からも火箭が飛んで来る。
「なんや、まとめて掛かって来たらよろしいがな」
一体を獄炎で燃やし、もう一体を雷霆で焦がしたあと、「あと二体やな」とユリエルは周りを窺った。低級魔族の気配がしないことに少々嫌な予感を覚え、ルシを抱えて家の中に入ろうとすると、足元で火柱が噴き上がりユリエルは慌ててルシを家の中に入れ構えた。
「……せっかくきれいにしてはるお庭やのに、えらい気ずつないわ」
「おとなしくアリキーノを寄越せ」
声に振り返り、ユリエルは目を疑った。それからルシに「そこ、動いたあかんで」と言うと、ルシを隠すように窓際に立ったユリエルは右手を突き出し詠唱を始めた。
「させるわけないだろう」
足元に百雷が突き刺さり、詠唱の中断を余儀なくされたユリエルは小さく舌打ちをした。
「エンシェント・エルフがわざわざ地上にまで来はるとはなあ」
「たかが天使の分際でわたしに勝てると思っているなら笑止千万」
「……ほな笑い死になはれ」
「貴様は自由に動けぬ身だということを考慮していないようだな」
「関係あらへん。向こて来るもんは何であろうと殺すだけや」
「随分と勇ましいな…」
「あんた……僕を何や思てるんや…」
ユリエルが右手を振り払うと、圧縮された風が無数の刃となってエンシェント・エルフに群がり、着弾と同時に風の刃はそれぞれが爆発を起こし、エンシェント・エルフの身体を切り刻みながら吹き飛ばした。
「……へえ、地上で属性魔法が撃てるって、おまえ精霊の召喚ができるの?」
八体目が……エンシェント・エルフ・ロード…さすがにこれは難儀やな……
「なんや、ファラリスの使い走りやったんかいな」
「ふふ……お遣いさせられるほど落ちぶれちゃいないけどね」
「ほな稀覯原種の力で取って代わろゆうとこやろか」
「どっちでも同じよ、おまえはいまここで死ぬ」
切り刻まれ吹き飛ばされたはずのエンシェント・エルフが、エンシェント・エルフ・ロードの前に立ちはだかり、ユリエル目掛けて雷霆を突き立てる。それを見ていたルシは驚き、声をあげた。
「どうして? さっき ふきとばされたのに」
「エンシェント・エルフは上位魔法の使い手よって、結界も防御壁も思いのままやさかい」
「ファラリスって だれ?」
「エルフ族の神さんやなあ」
ユリエルの後ろにいるルシに、上から火箭が降り注ぐ。矢はすべて弾かれ周りに散らばり、それを見たエンシェント・エルフとエンシェント・エルフ・ロードは感心したように言った。
「ただの天使かと思ってたけど……防御壁を作れるのね」
「神々の忠実な下僕だとばかり思っていたが」
「…なんやねん、いちいち突っかかるやっちゃな」
「とはいえ、ずっと防御壁を張ったままでは戦えまい?」
エンシェント・エルフとエンシェント・エルフ・ロードは、同時に雷霆を突き立てるが、ユリエルは右手で空を切り、断罪の剣でそれを受け止め薙ぎ払った。
「あら、剣も使えるの?」
「ゆうほど使えへんけどな、形だけや」
そう言うとユリエルは正面に立つエルフふたりに向かい、断罪の剣を振り抜いた。斬撃は氷の楔を地に走らせ、轟く雷鳴とともに百雷を放つ。
「ちょっと、危ないじゃない!」
エンシェント・エルフ・ロードはユリエルの足元に燃え滾る火柱を噴き上がらせ、同時にエンシェント・エルフが辺り一面を氷漬けにする。ユリエルは剣を地面に突き立てふたりの魔法を無効化するが、矢継ぎ早に撃たれる魔法に辟易していた。
「おまえ、守護者なの?」
「見てわからへんのかいな」
「……見てわかることでいえば、おまえから闇のオーラが出てることくらいだけど」
「よう見抜きはったなあ……それやのに、わきが甘いようや」
ユリエルは「おおきに」と言うと、剣を手放し右手を振り払った。エルフふたりを暗闇が包み込み、空から無数の隕石が降り注ぐ。さすがに無詠唱ゆうわけにはいかへんけど、話しながらでも詠唱はできるよって……その辺の魔法使いと同しや思われてもなんや気ぃ悪いわ。
やれやれ、とユリエルが振り返り、「朝からおもろないなあ」と腕を伸ばしルシを抱き上げようとしたとき、ユリエルの左腕に痛みが走った。
……しつこいやっちゃな。
大きな溜息を吐きながら視線を動かすと、庭のモミの木の上からエンシェント・エルフ・ロードが嗤いながら降りて来る。
「まさかお喋りしながら、魔法詠唱を終わらせていたとは驚いたわ」
「さよか、ほな大人しゅう去のてもうてよろしおす」
「触媒も使わず、暗黒魔法が撃てるなんてすごいわねえ」
「……いまここで死にたないなら帰んなはれや」
「動くと毒が回るわよ」
ユリエルの左腕に突き刺さる矢と、そこから流れる血を見て、ルシが小さな悲鳴をあげる。大事ないさかい隠れときや、とユリエルはルシに優しく笑い掛け、刺さった矢を右手で引き抜いてエンシェント・エルフ・ロードに投げ付けた。
「僕に毒は効かへん。死にたないなら帰んなはれ」
「あら、魔界や冥界の毒も効かないの?」
「聞こえへんのやろか……それとも死にたいんか」
「おまえこそ……わたしの力を過小評価してない?」
ニヤリと顔を歪めながらエンシェント・エルフ・ロードが指先を動かすと、矢を抜いたユリエルの左腕の傷口が大きく裂け血飛沫が辺りに飛び散った。
「毒と一緒に “傀儡の種子” を埋め込んだのよ。おまえの身体はわたしの思い通りに……壊れて行く」
「死ぬ前に言い残すことあんねやったら聞いたるで」
「……随分と強がるのね」
「正味な話、強いねん」
飛び散ったユリエルの血液はルシの足元にも小さな点を作り、その赤い点を見つめたまま硬直していたルシは肩を震わせながら口を動かした。
「…………」
エンシェント・エルフ・ロードが指先を動かすたびに、ユリエルの身体に入り込んだ傀儡の種子は分裂し、身体の内側を破壊しながら成長して行く。
「種子が育つと破壊力も大きくなるわよ」
「そないけったいなもん、いつまでも飼うとるわけないやろ」
「……ゆ る さ な い」
ルシの小さな声がユリエルの耳をかすめる。
「 ゆ る さ な い ! 」
ルシは割れた窓から庭を見渡し、大声を張り上げた。振り返ったユリエルは、真っ赤に染まった瞳で叫ぶルシの姿に悲哀とも憐憫とも取れるような感覚を覚え、エンシェント・エルフ・ロードたちの存在など些末なことのように感じた。こない小さいお子やのに……憎いゆう気持ちはえげつないもんやな……
ルシは一度しまったはずの翼を背中で大きく広げ、ユリエルの姿を確かめるともう一度大声で叫んだ。
「 ゆ る さ な い ! コ ロ シ テ ヤ ル ! 」
「あかん!!」
ルシの色素を持たない赤い瞳から、真っ赤な光が照射された。