あのときの僕の話をしよう 1

あのときの僕の話をしよう
物 語

その1

僕たちは愛し合っていた。多分。

ふたりだけでいるときはいつも抱き合っていて、飽きることなくキスに酔っていた。彼女のすんなりと伸びた腕が僕の首に絡み付く。それだけで僕は「産まれて来てよかったなあ」と思ったし、「生きててよかったなあ」と思ったし、何より「出逢えてよかったなあ」と、しあわせを充分に堪能できた。

「このまま溶けて、ひとつになれたらいいのに」

彼女がポツリとつぶやいて、首に絡んだ腕に力を込めた。

「ひとつになったら、離れなくて済むね」

僕は彼女の耳たぶを優しく噛んだ。

 

その2

彼女の首筋に鼻先をくっつける。

石けんの香りなのか、そもそもの彼女の香りなのかはわからないけれど、僕は彼女の首筋の甘くて優しいにおいが好きだった。このまま抱き合ってひとつになったら、こうして彼女のにおいに安心して眠ることもなくなってしまうのかな。僕は彼女のくちびるの柔らかさを親指の先で丁寧に確認しながら訊いてみた。

「ひとつになっちゃうとさ、もうキスとかできなくなるんじゃないかな」

僕の指先にされるがままだった柔らかなくちびるが、ふと硬く結ばれて、彼女はしばし何かを考えるような素振りを見せた。

 

その3

「じゃあさ、融合するんじゃなくて結合したまま離れないっていうのはどう?」

さぞかし名案を思い付いたかのような弾んだ声で、彼女は自分の背中にまわされている僕の腕を素早く解きながら言った。それから横向きだった僕をゆっくりと仰向けにさせると、腰の辺りにまたがって両腕で自分のからだを支えながら僕を見下ろした。そうっと彼女の顔が近付いて、正確に僕のくちびるを捕らえ、その尖った舌先で僕のくちびるをもてあそびながら、

「こうして、このまま癒着するの」と続けた。

なるほど、それならキスもできるしいいかもしれない。

 

その4

彼女の舌を味わっていると、胸の奥のほうで何かがとろけそうになる。いま僕はちゃんと人間の形をしているのかな。スライムみたいに、原型を留めないくらい、いまにも溶けて流れ出しそうになってはいないかな。

「挿れてもいい?」

彼女のひんやりとしたお尻を両手で覆いながらあからさまに訊ねると、彼女はふふっと笑って

「ダメって言ったらやめちゃうの?」と答えた。

もちろんダメだと言われても、もう心もからだも引き下がれない状態だもの、はいそうですかと止められるはずもない。いつだって、何度だって、きみが欲しい。

 

その5

手をつないだり、抱き締めたり、キスをしたり、それだけじゃ満たされない何かが僕の中には棲み着いている。出逢って好きになったばかりの頃は、想いが通じること、その想いに応えてくれること、ただそれだけを望んでいたし、お互いの気持ちが同じだとわかったときは、ただひたすらそれが嬉しくて他には何も要らないとさえ思った。はずだ。

それがどうだ。

気持ちが同じならきっと彼女も「好き」だけじゃおさまらない胸のざわつきを感じているに違いない。だって僕はこんなにも彼女のからだに触れたいと思っているんだもの。