初戀 第四十七話

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物 語
第四十七話 踵で頭痛を病む狐憑き

 

「……オレをどうするつもり?」
「ああ、先に言っとくけどおめェの荷物は東京駅のコインロッカーの中だ」
「…っ……」
「スマホのGPSとか、なかなか厄介だからな」
「用意周到だなあ」
「助けなんざ来ねェところに乗り込んだ気概だけは褒めてやろう」
「でもバレたら、アンタがポルノ禁止法違反で捕まっちゃうね」
真っ裸マッパでつながれてるってのに余裕じゃねェか…まずおめェの目的を聞かせてもらおうか」
「お金以外でカラダ売るヤツっていんの?」
「酔狂なヤツがいねェとは言わねェが、ま、少数だろうな」
「…拘束プレイだから十万円?」
「あくまでもシラを切りとおすってんなら止めないけどな」

桐嶋はカウンターの上の小さな灰皿で煙草を揉み消し、オレの前まで来てしゃがんだ。そしていきなり髪を掴んでオレの頭を固定すると、口唇くちびるを吸いながら舌を滑らせた。

「さて、十万円分楽しませてくれるんだろうな?」

桐嶋は立ち上がり、カウンターの中にある食器棚を物色して戦利品を手に戻って来た。

「これ、なんだかわかるか?」
「……尿道拡張プラグ? 痛いのは遠慮したいんだけど」
「痛くなきゃいいんだろ? あ、勃起させんなよ、挿入いれるとき痛ェぞ」

この状況で勃つわけねえだろ!! くっそ変態シロクロ兄弟め……襲われたらオレだって貪欲に楽しんだりできねえわ! とにかくなんとか回避する方法考えないと、玄人相手は時間が稼げない。

「昨日大学のキャンパスから連れ去った学生、返してくれる?」
「あ?」
「京大出身の桐嶋 彌秀きりしま みつひでさん」
「調べは付いてるって? なかなか小癪こしゃくな真似するじゃねェか」
「アンタにも面子ってものがあるんじゃないの? 身元割れてるとか、困るんじゃない?」
「面子? 何に対する?」
「んー、組織内での立場とか?」
「組織?」
「余所の組の怖いお兄さんたち、桐嶋さんに手を焼いてるみたいだし」
「……ふっ、なるほど」

桐嶋は尿道プラグにリドカインジェルを塗り、鎮まりかえって委縮するオレの愚息を握って尿道口を開くと、慣れた手付きでプラグを挿し込んで行った。

「…っ!」
「痛かねェだろ…違和感あるかもしれねェけどな」
「そういう問題じゃねえ…」
「結構根性あるみてェだな…嫌いじゃないぜ、そういうの」
「…好かれてもご期待に副えることはできないけどな」
ケツの穴からだと腸壁越しだけどな」
「……?」
こっち・・・からだとダイレクトに届くんだって、知ってたか?」
「……っ…!!」

挿し込まれたプラグを小刻みに揺すられ、いままで感じたことのない感触に全身鳥肌が立った。痛いとか気持ちイイとかそういうわかりやすい感覚ではなく、言葉にならない強い刺激でカラダのやり場がなくなる。膝立ちをしていたカラダが腰から崩れ落ち、桐嶋に抱えられて再び膝で立たされた。

「……で? 見返りは? まさかタダで返せとは言わねェよな?」
「…ぐっ…あ…あ…ああぁ…っ…あ…」
「ふっ、喋れねェほどイイのか? 可愛い鳴き声あげちゃってまあ」
「あっ…ああ…あっ…うぅ…あ」
「…おめェが身代わりになるってんなら、放してやってもいい」
「…ん…はっ…はぁっ…あ…わか…た……から…」
「聞き分けのイイ小僧ガキだぜ、ったく」

みなとの顔がよぎらなかったわけじゃない。でも、泣くひとの数は少ないほうがいいよなあ、と考えるまでもなく答えが出てしまう。この先、男娼として生きて行くのか、それともチンピラとして生きて行くのか、どっちにしろあのまま地元にいれば似たような人生だっただろうしなあ。

……ごめん、湊。

 

「おめェ、澄晴きよはるのなんなんだ?」
「…単なる知り合いだよ」
「単なる知り合い程度のヤツの人生、肩代わりしようってのか?」
「んだよ、なんか文句でもあんのかよ」
「もう少し賢く生きられねェもんかねェ……久御山 賢颯くみやま けんそうくんよお」
「……!? なんで」
「メディカルゲノムセンターにいたあのガキが、こんなにデカくなってるとはな」
「…アンタ……何者なんだ」
「ひとを見掛けや喋り方で判断すると、多少痛い目に遭うってね」
「だから!! アンタ一体何者なんだよ!!」
「センターにいた頃は研修医だったが……精神科医だよ」
「……は? 医者!?」

どういうことだってばよ!!

 

 

「おめェが勝手に極道と勘違いしてただけじゃねェか」

笑いながら桐嶋はオレの手枷と足の棒枷を外し、脱がせた服を返してくれた。

「どっから見たってカタギに見えねーじゃねーか!」
「知るかよ、おめェだって普通の高校生なんかにゃ見えねェんだよ」
「だからっていきなり縛り上げるか!? クスリまで仕込んで!」
「得体の知れねェ小僧なんてな怖ェんだよ、少年法に守られてると思いやがって」
「じゃあさっきの尿道拡張プラグはなんだったんだよ!」
「少しくらい怖い思いしねェと学習しねェだろ?」

桐嶋はオレの頬を手の甲でピタピタと叩きながら、「極道じゃなくてラッキーだったな」ともう一度笑った。

「…綾ちゃんを拉致した理由と、売春の身請けしてる理由は!?」
「俺ぁ澄晴の主治医だよ」
「主治医……?」
「八年前、あいつの親父に雇われてね」

── どこまで聞いてるか知らねェが、ギフテッドって言葉くらい見聞きしたことあんだろ? 特異な才能を持って産まれて来たこどもな。澄晴はギフテッドだって四人の精神科医が診断したんだよ。そのひとりが俺。しかしなあ、外国じゃあ「できること」を伸ばす方向で教育するんだが、日本じゃあ「できないこと」にフォーカスすんだよ。

こだわりが強いとか、感情を表に出せねェとか、他人の気持ちを汲み取れねェとか、その部分を治療しちまう。お手々つないで仲良く、協調性を大事にってのが日本の教育だからな。周りと折り合いの付かねェガキは「変なヤツ」扱いされて、いじめに遭ったりもする。ひでェ話だけどな。

俺は、診断を下した医師として澄晴の親父に「治療ではなく教育をして欲しい」って頼まれたわけ。余所に連れてったら治療されかねねェだろ? だから定期的に知能検査をしつつ、眠剤やら抗不安薬やらそん時の症状に合わせて処方してたんだよ。あいつが定期的に俺んとこ来んのはそういう理由。

でもな。

中学に入ってから通院サボるようになりやがってな。久々に来たと思ったら耳にピアスの穴なんか開けてやがる。決定的だったのが手足首の擦過傷さっかしょうとカラダ中に残ってた無数の掻破痕そうはこんとキスマーク。問い詰めても言わねェからしばきあげて吐かせたら、驚いたことに相手は澄晴の兄貴と来たもんだ。

「……ヨシアキ?」
「おお、よく知ってんじゃねェか」
「去年踏み込んだからな、強姦未遂の現場に」
「…ったく、ろくなことしねェな」

── まあ、そん時から澄晴は精神のバランスを崩し始めてな。エグい話だが、勃たなくなっちまったんだよ。それをきっかけに、病的に盛って誰彼構わず脚を開くっつー自虐に走るようになってな。一秒たりとも目が離せねェ状態に陥った。こっちは教育を任されてる関係上、データも取らなきゃなんねェしよ。

「データって、なんの?」
「あ? 全部だよ、ぜ・ん・ぶ。カラダのサイズから染色体に至るまでな」
「そんなデータ取って、何に使うわけ?」
「それは研究者に直接訊いてくれや」
「研究者って……」
「おめェもよーく知ってんだろ? 取った血液や唾液、汗、涙、尿、精液、ぜーんぶMGCに送ってるからな」
「メディカルゲノムセンターって……まさか織田先生?」
「織田先生は俺が研修医だった頃の研修指導医で、診断を下した医師のひとりだよ」
「は? 織田先生経由でオレのこと調べたわけ?」
「日本人離れした容貌に見覚えがあったもんでな」

高いIQを持つギフテッドが研究対象だってのはわからなくはないけど……こんなとこで綾ちゃんや桐嶋との接点があるとは思ってもみなかった。まさかオレの主治医だった織田先生とつながってたとは…世間って狭い…

「つーか、だったら拉致する必要ねえじゃなーか」
「ここ半年ほど通院サボって逃げてたからな。少しばかりお灸が必要だったんだよ」
「紛らわしい真似すんじゃねーよ……綾ちゃん、どこにいるの」
「このビルの上」
「ここ、どこ」
「六本木にある俺のクリニック」
「アンタ、開業医なの!?」
「あ? 悪ぃかよ、新宿と六本木で患者診てんだよ」

桐嶋曰く昼は六本木、夜は新宿のクリニックで診察をしてる、と。六本木のクリニックは他の医師に任せてあって、夜型の自分は昼間受診できないひとやワケアリのひとのために、夜クリニックを開けている、ということらしい。その時、桐嶋のケータイがけたたましく鳴り、桐嶋は不機嫌な声で電話を取った。

「…見つかった? で? 捕まえたんだろうな」

短い遣り取りのあと、「六本木のほうに連れて来い」と言って、桐嶋は電話を切った。

「他にも拉致しなくちゃならないヤツがいるわけ?」
「……純暁よしあきだよ」
「は?」
「澄晴に余計なことばっか仕込みやがるから説教くれてやったんだが、こっちのほうも重症でね」
「ヨシアキが病んでるってこと?」
「出来のいい弟の存在が赦せねェらしくてな」
「…身請けの理由は? つーかこの拘束部屋、何?」
「身請けは頼まれたから、ここはそういうヤツらを改心させるための部屋だな」
「頼まれた?」
「俺がボランティアで身請けなんてするわけねェだろ」

── 懇意にしてる情報屋があってね、そいつに頼まれたんだよ。身請けっつっても、道端に立ってる小僧ガキに声掛けて売り以外の仕事紹介するだけだけどな。ここはそういう連中を脅して改心させるための、さっきおめェも体験したろ? ああやって売りを思い留まらせるために使ってる場所だ。

「……懇意にしてる情報屋って?」
「それをベラベラ喋ると思うか?」
「もしかして、狐森のシロクロ兄弟?」
「ふ、なんだよ知り合いなのかよ」

 

……天才事故物件変態詐欺兄弟がぁぁぁぁぁ!!!!!

 

「とりあえず綾ちゃん返せよ」
「ああ、純暁も捕まえたからもう用はねェしな」
「ヨシアキ捕まえるためのエサだったわけ?」
「診察と検査のついでにな」

綾ちゃんの兄貴の歪んだ性格が治るといいけどな。

 

───

 

帰りに東京駅で荷物を引き揚げた。オレと一晩連絡が取れなかったらGPSを辿ってくれ、と宗弥むねひささんに頼んであったんだが……探しに行ったら駅のコインロッカーでした、つって大騒ぎにならなくてよかった…

 

「……で?」
「で、ってなんやの」

新宿にあるシロクロ兄弟の自宅兼事務所で、当然オレは不機嫌な声でヤツらを問い詰めた。事務所といっても部屋の中にはソファが置いてあるだけで、机も椅子も棚も電話も何もないガランとした空間だが。

「桐嶋のこと、知ってたんだろ?」
「なんのことですやろ」
「おまえらのせいで尿道攻めされたんだからな!?」
「やっぱり楽しんでるやん」
「どうやったん? 前立腺」
「どうって……なんかよくわからんというか、刺激が強過ぎて悶えるだけだったな…」
「そやったら、これから慣れたらええんちゃう?」
「なんのためにだよ!」

シロクロとぎゃあぎゃあ言い合っていると、事務所の扉がコンコンと鳴り橘さんと綾ちゃんが顔を覗かせた。とにかく綾ちゃんが無事でよかったな、とあらためて胸をなでおろす。

「久御山、よくわかんないけどありがとなー」
「うん、綾ちゃんが元気でよかったよ」
「ごめんな…澄の主治医をカタギじゃないとか思い込んで余計なことさせて」
「いや、アイツ見た目だけじゃなくて性格もカタギじゃなかったから…」

すると、綾ちゃんはソファに座るシロクロのそばに寄り、興味深そうにふたりを眺めた。

「このふたりが、みっちゃんのご主人さま?」
「ご主人さまじゃないよ、澄」
「ケンソー、ちょっとケンソー」
「なんだよ」
「なあ、この子、脱いでくらはるやろか」
「目の前にいるんだから直接訊けや」
「いきなり失礼やろ」
「いやもう遅いだろ変態」
「……? 脱げばいいの? ボク? ここで?」

そう言うや否や、綾ちゃんは薄手のカーディガンをヒラリと脱いでみせた。ああ……綾ちゃんに常識や羞恥心を求めるほうが間違ってるんだろうか。慌ててシロクロが「更衣室で話しながら着替える学生ふたりって感じで真光さねみつと」とまた細かい設定を指示する。どこまで行っても変態なんだな。

「じゃあオレ帰るから、ごゆっくりー」
「ケンソー、見て行かないの?」
「見るか! 帰ってセックスするわ!」
「変態や」
「おまえらに言われたくねえ!」

 

───

 

綾ちゃんが兄貴にしか反応しなくなったのをなんとか治すために、「男とのセックスがどんだけヨくないか」を教えようと桐嶋は綾ちゃんを調教したらしいが、思いのほか桐嶋がヨかったらしく、そのせいで綾ちゃんは「誰にでも反応するゲイ」に進化したことを、桐嶋は申し訳なく思ってるそうだ。

それでもいまは、橘さんと愛を育んでるんだからいいんじゃねえの? と、オレなんかは気軽に考えたりするわけで、人生なんざいつだって通過点なんだから、結果を見るまで正しいか間違いかなんてわかんねえよなあ、とスマホを取り出した。

「もしもーし、オレ」
「うん、どうした?」
「セックスしたい」
「うん、してくれば?」
「湊とセックスしたい」
「おまえねえ」
「乳首甘噛みしながらめたら涙目んなって鳴いて腰動かす湊をなぶりながらイきたい」
「やめろ!! 具体的過ぎるだろ!!」

 

さて、カテーテルかプラグかブジー買って帰ろ。湊、怒るかな。