あのときの僕の話をしよう 6

あのときの僕の話をしよう
物 語

その26

どれだけ寂しくても、どれだけ不安でも、容赦なく陽は昇り朝はやって来る。昨日の夜抱き締めた彼女のぬくもりは消え去っていて、体温の低い僕はひとりで上手にからだを温められないでいる。

今日も仕事か、と重いからだを無理矢理起こしていつもと変わらない準備を淡々と始める。彼女ももう起きてるかな。悲しくなって泣いてないかな。そんなことを考えながら「離れなくて済む方法」を、彼女も迷わなくて済む方法がないものだろうかと頭をひねる。

静かだったスマホが震えた。

「寂しい」

彼女からのLINEがポツリとつぶやいた。

 

その27

僕も寂しいよ、逢いたいよ、愛してるよ、大丈夫?どの言葉も、彼女のつぶやく「寂しい」を癒せるとは思えなかった。ひとりぼっちで泣いている彼女を思うと胸の奥がぎゅうっとわしづかみにされたように痛む。ああ、僕の心の在処はここなんだなと、否が応でもわかる。

「ちょっとだけ声が聴きたい」彼女に返すと、すぐLINE通話が掛かって来た。
「おはよう。ちゃんと眠れた?」
「みっちゃんがいなくて悲しくて死にそう」
「それは困ったな」
「いますぐ逢いたい……」
「それも困ったな……」

僕も逢いたいよ。いますぐ。

 

その28

早い話が、お腹が減らなくてノドが渇かなくてお金が掛からなくてしがらみも何もかもなければ彼女と一日中つながっているだけの毎日で構わない。そのまま、彼女だけの世界で、彼女だけを愛して、そうすることができるならいますぐにでもそうしたい。

でも現実はそんなふざけた妄想に付き合ってはくれない。みんな寂しくて、みんな我慢して、努力している。そう言い聞かせて僕は「だから自分も我慢しなくちゃ」と思い込む。みんな同じ。僕たちだけが特別不幸なわけではないんだ。

それでも彼女はいま、世界で一番寂しいんだろう。

 

その29

「僕も逢いたいよ」

なんの慰めにもならない一言を放って、とりあえず彼女がどう出るか答えを待つ。

「うん、仕事がんばって」

そう答えるや否や通話がプツリと切れた。相当まいってるんだろうな、と思いながらも時間だけは無情に過ぎて行く。ああ、仕事に行かなくちゃ。

 

「……あのね、クリスマスなんだけど」

無慈悲な残業を終えて彼女の部屋に直行すると彼女はほんの少し申し訳なさそうに切り出した。

「その日、出張が入って東京なの」

恋人たちが無闇やたらと盛り上がるクリスマス。僕はひとりらしい。

 

その30

彼女が出張から帰って来た26日に僕たちは1日遅れてクリスマスを過ごした。普通のケーキとお高いシャンパンで上機嫌の彼女が小さな箱を僕に差し出す。シルバーのペアリングの片割れが箱から顔を覗かせる。けど。

「僕にはちょっと大きいみたい?」
「えっ、嘘!サイズ違ってた?」

さりげなく事前にリサーチされたのはこのサプライズのためだったのかと気付いたけど、サイズが合わなかったことが正にサプライズだったことに彼女が思いの外気落ちしているようで、思わず苦笑してしまう。

「サイズ、交換してもらうから」