初戀 第五十五話

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物 語
第五十五話 梅に鶯、僕に君

 

「ご主人さま、セックスしたい」
「…久御山くみやま? 今日、金曜日だよ?」
「うん」
「学校は?」
「オレのいない間に事件が起こったらイヤだもん」

あと三日間は歩かせないこと、必ず指定した日に通院することを桐嶋きりしまと約束して、湊をオレの家に連れ帰った。七種さえぐさに湊の居場所を知られないよう、自宅に帰すことだけは避けたかった。湊がオレの家にいることを、宗弥むねひささんには伝えた。当然その理由を説明しなければならなかったので、湊の許可を得た。

電話の向こうで宗弥さんは、オレの話を黙って聴いてくれた。桐嶋の話も含めすっかり話し終わったあと、「賢颯けんそうくん…しんどいことさせてしまって、すまなかった」と宗弥さんは少しだけ声を上擦うわずらせた。

 

「これだけセキュリティのしっかりしたマンションで、どんな事件が起こるんだよ」
「じゃあ訊くけど、七種から連絡あったらどーすんの?」
「どうすんの、って…」
「拒否ったら写真見せる、とかって脅迫されてんのに」
「それ、考えたんだけどさ」

── 先生がお母さんに直接見せるわけないと思うんだよね。なんで所有してるの? って話になるじゃん。だとしたら、一旦ネットに放出して偶然見つけたていで見せることになるかな、って。その場合、僕の相手は架空の人物になるよね?

「まあ、そういうことになるだろうな」
「それならそれで、いいと思うんだ」
「は? なんで!?」
「信頼してた先生に裏切られた、って思わなくて済むだけでも、お母さんにとっては救いなんじゃないかな、って」
「でも、おまえの写真は見られるんだぞ? ましてやネットになんて」
「あの写真を見て僕だってわかるひとは、そんなに多くないんじゃないかな」
「親しいヤツらは全員わかるだろ!?」
「……久御山は、どっちが嫌?」
「どっちって?」
「昔の写真を見られることと、いま僕が先生に従うこと」
「どっちも嫌だよ」
「そっか……そうだな、じゃあこの手はボツだ」

他に何か方法ないかなあ、と湊は腕を組んで目を閉じた。言いたかないけどオレは、七種がそのままスマホに入ってる写真を遥さんに見せて、訴えられることが最良の策だと思うけどな。十三歳になってれば性的同意年齢に引っ掛かるけど、湊がまだ十二歳だったなら問答無用でお縄だろ。

「ねえ、久御山はどうすればいいと思う?」
「七種を島流しにすればいいと思う」
「……ごめん、久御山にこんなこと訊くなんて、無神経だった」
「オレは、おまえが何者にも脅かされることなく、安心して暮らせるならなんでもいい」

 

── たとえオレがいなくなったとしても、安心して暮らせるなら。

 

──

 

「……いま…なんて…?」
「だから、おめェも検査受けたほうが」
「違う、そこじゃない……シロクロが…」
「血液検査の結果だけじゃ確定診断は」
「いや、そこでもなくて」
「なんだよ、シロとクロがギフテッドだって診断は」
「アンタがしたんだろ!? 聞きたいのはそこでもない!」
「……まさかおめェ、知らなかったのか?」

 

── オレとシロクロが……兄弟…?

 

冬慈とうじさんは……口数が少なくて何を考えてるのかわからない難しいひとだったけど、それでもオレを粗末に扱ったりはしなかったし、華を、何よりみつさんを大切にしてると思ってた。久御山の本家の長男として、不自由を強いられ好きなことひとつできない人生でも、蜜さんと華に対する優しさは本物だと思ってた。

それなのに。

オレとシロクロが兄弟って話が本当なら、あのひとは外に妾を囲ってたってことだろ? 浮気した挙句、こどもまで産ませてたってことだよな? じゃあ蜜さんは? 何のために久御山の家に嫁いで、姑や親族にいびられて肩身の狭い毎日を送ってたんだ?

それで? 本家の長男の血を受け継ぐ男子でも、妾の子では跡取りにできないから燠嗣おきつぐを代打に立てたのか? シロクロは何の足枷もなく自由に暮らしてるのに? いや、シロクロに罪はないんだ。それこそ妾の子として肩身の狭い思いをしたかもしれないし、それが理由で渡米したのかもしれないし。

 

「ねえ、その話……シロクロは知ってんの?」
「ああ、だから帰国しておめェに接触したんだろ」
「……二年前の話だよ? オレがシロクロと知り合ったの」
「おめェが東京に出て来たからじゃねェか」
「ああ…京都にいたんじゃ逢いに来れなかったってことか……って、一体なんのために?」
「一度検査を受けろって話につながってんだよ、そこが」
「はあ!?」

桐嶋先生は笑ってるような、困ってるような顔をしながらコーヒーカップを手に取り、結局冷めてしまったコーヒーをすすりながら「ここのコーヒー、まずいな…」とつぶやいた。いや、アンタがわざわざまずくしてから飲んでんだよ……

 

──

 

「悪いな、賢颯くん」

夕方、宗弥さんが仕事の合間に湊の服なんかを持って来てくれた。あんな話をしたばかりだから、宗弥さんも戸惑ってるだろうな、と思いつつ、気を遣うのもわざとらしいかとあえて普通に振舞った。

「ありがと、宗さん」
「おう、足どうだ? もう歩けるの?」
「月曜日になったら歩いてもいいみたい」
「うはっ…足の裏想像しただけで痛いわ…」
「宗弥さん、コーヒー、紅茶、煎茶、ビール、どれがいいですか?」
「ビー…コーヒーで」

さすがの宗弥さんでも仕事中にビールは飲めないか……ちょっとおかしくて笑いそうになった。相変わらず頂き物のドリップパックを用意してると、インターホンが鳴った。宅配便か? なんにも頼んでないと思うけど……

「…はい」
「ケンソー、開けてー」
「は?」

 

マンションの入口を解錠し、部屋の鍵を開けるとシロクロ兄弟が割と大き目の包みをオレに押し付け、部屋に入って行った。なんだ、この荷物……

「湊ー寂しかったー」
「湊、具合どうや?」
「シロくんクロくん…ありがと、具合は大丈夫だよ」

シロクロは宗弥さんをたっぷり十秒は見つめたあと、ふたりで何やらボソボソと話し合っていた。空気を読んだ宗弥さんが、わざわざ立ち上がりシロクロに挨拶をする。

「湊の叔父の樋口ひぐちと申します…ふたりのご友人ですか?」
「樋口……下の名前は?」
「…? 宗弥です…けど…」
「おい、シロクロ! 失礼だろ、やめろ!」
「いいよいいよ賢颯くん、気にしなくても」
「大丈夫だよ久御山、宗さんなら大抵のことは受け入れてくれるから」
「宗弥、うちらな、湊のために全力で働くさかい」
「ひとつお願い聞いて欲しいねん」
「お願い? えっと、俺にできることなら…」
「シロクロ、やめろっつってんだろ…窓から放り出すぞ…」
「いいよ賢颯くん、大丈夫だから」
「服、脱いでるとこ見せて欲しいねん」
「モチベーションアップのために」
「……服? 脱ぐって、俺が?」
「シロくんクロくん、ストライクゾーン広いんだね」
「いや湊そういう問題じゃないから…あの、宗弥さんも聞き流してください」
「ブリオーニのスーツにフライのシャツ、ネクタイはステファノ・リッチ…よううつらはってるなあ」
「外資コンサルか総合商社に勤めたはって、年齢は三十そこそこ」
「シロくんクロくん、何そのプロファイリング……」

変態だけど相変わらずすごい洞察力だな、シロクロ……かといって、宗弥さんが橘さんみたいに気軽に脱いでくれるとは思えないんだが。ちょっと高め狙い過ぎじゃね?

「シロくんとクロくんだっけ…どうしてそこまでわかるの?」
「年収四、五百万程度やったらそないスーツは買われへんし」
「外資コンサルか商社やったら、入社して七、八年で一千万プレイヤーなれるやろ」
「大卒で七、八年やったら三十くらいやん」
「ホストやったら金曜のこの時分、こないなとこにいやはらへんし」
「……なるほど、ちなみにどこまで脱げばいいの?」
「宗弥さん!?」
「全部、パンツも靴下も全部」
「いま、ここで?」
「ここで!? って湊、笑ってないで止めろよ!」
「宗さんがいいって言うならいいんじゃない?」
「ケンソー、バスルーム貸して」
「おい、完全に犯罪者の体じゃねえか」

シロクロは宗弥さんを伴って風呂場に消えた。なんだ、いまから風呂に入ろうとしてるリーマンの脱衣を覗きたいってとこか。あ、いや、こんなことわかっても一銭の得にもならない。

 

四十分ほど経ってから三人は風呂場から戻り、仲睦まじい様子で帰って行った。一体、脱衣所でどんなドラマを繰り広げれば、あんなに打ち解けられるんだ? それにしても、宗弥さんておおらかなのか大雑把なのか…

そのときシロクロが持ち込んだ荷物が目に入り、中身が何なのか訊くのを忘れてたことに気付いた。ああ、もう、明日でいいか…

 

※ よううつらはってる:よく似合っている / いやはらへんし:いませんし

 

──

 

「ご主人さま、セックスしたい」
「うん、どっちがいいの?」
「湊、まだ治ってないんじゃないの?」
「もう大丈夫じゃないかな」
「……痛いの我慢して余計なこと思い出して欲しくないから」

なんだそれ、と湊は笑いながらベッドに転がった。その横に腰をおろしたオレは、寝転がる湊に腕を引っ張られそのままベッドに背中を預けた。湊がオレの頬を手のひらで覆いながら口唇くちびるを強く吸う。なんだか気持ち良くて、オレはそのまま目を閉じた。

 

「……何回目だっけ」

ジーンズをするりと脱がされながら、色気もへったくれもない質問をされ、オレはいましがた閉じた目を開いた。

「五回目? かな?」

湊はそっか、まだそんなもんか、と言いながらひょいっとオレのカラダを転がす。うつ伏せになった状態でボクサーパンツをするするとおろされたオレは、いささか感じる恥ずかしさについて苦言を呈してみた。

「なぜ下から脱がす…」
「下からっていうか、下だけっていうか」
「やめて!? ちゃんと上も脱がせて!? なんか恥ずかしい!」
「チラリズムにエロスを感じるのって、人間のさがなんだろうなあ」
「全然チラじゃねえだろ、一部モロ見えだろ」
「じゃあポロリズムにエロスを感じるってことで」
「いいよもう! 自分で脱ぐから!」

勢いよくシャツを脱いでそれを湊の顔に投げ付けると、投げ付けられたままの状態で湊は動かなくなった。

「……どうした?」
「…久御山の汗の匂いがする」
「オレにおまえのシャツを寄越せ」
「絶対いや」

 

枕にしがみ着いて腰を突き出し、湊の舌と指の動きにカラダの感覚を支配されながら、いままで知らなかった自分の弱点・・に気付かされて行く。いろんなことを覚えて来たつもりなのに、新しい “何か” を教えてくれるのはいつだって湊のような気がして来る。脚の付け根が震えて、爪先に力が入る。

挿入できる状態になるまで、湊は時間を掛けて丁寧に慣らす。いつもなら、その行為に没頭できるように愚息をもてあそび、慣れ親しんだ快楽も同時に与えてくれるけど、今日はなぜかそこに触れることなく、オレのカラダは覚えたての感触と新しい感覚を行ったり来たりしていた。

女の子みたいにカラダが濡れないって結構不便なんだな、とオイルで潤っている入口に硬いモノを押し当てられて思った。カラダを優しくこじ開けながらオレと同化して行く湊が、ゆっくりではあるけれどいきなり根元まで挿し込んだことに少し驚いた。

……が、それ以上に湊が何やら驚いていた。

「……どうした、久御山…」
「え…何が」
「もしかして……イイの…?」
「えっ…」
「挿入したら…萎えてたご子息が勃ち上がってよだれ垂らしてるから…」
「…っ!!!」

 

ん…あっ、あ…あ……あ、ちょっ…待っ…

「湊、ちょっと待っ…あっ…ふ…っ…」
「…痛い?」
「痛くな…やっ…動か…ないで…」
「動かずにどうしろって言うんだ…ポリネシアン・セックスとかがいいの?」
「あ、あ、う…っ…なんか、ヤバい…」
「ヤバいって…どんな風に?」
「わから…ん…んっ…」

多分、湊はオレが何を言ってるのかわからなかったと思うし、オレも自分がどうなっているのかわからなかった。なので、湊が動きを止めなかったのは当然のことだし、その動きのせいでオレが自分のカラダを制御できなくなかったのも仕方のないことだったと思う。

「あ…みな……あか…ん…っ…」
「…久御山」
「みな…と…あかん…っ…動かん…とって…湊…っ…みな」
「久御山……大好きだよ」

 

次の瞬間、世界がしんと静まり返り、何も聞こえなくなった。

 

 

…やま……みやま…久御山……

「久御山」

…はーっ…はーっ、はーっ、はーっ、はーっ……

「大丈夫か、久御山…」
「え…あ…あかん……カラダ…ゆうこときかへん…」
「ん…続けていい?」
「なに…」
「僕まだイってないし……久御山もまだ出してないじゃん」
「……は?」

は? いや、ちょっと待って、ちょっと待て湊! 動くなって、だから待てって!

「何、え、オレまだイってないの!? え、じゃあいまの何!?」
「いや、イったんだと思うけど……射精がまだでしょ、って」
「射精が……まだ…って…」
「久御山、感度いいんだな…後ろでイくのはもう少し先かと思ってたけど」
「後ろで……」
「…気持ち良くなかった?」
「すごくヨかった…」
「…あのね、久御山」
「あ、はい、なんでしょう…」
「僕、挿れたまんまぎゅうぎゅう締め上げられた状態で、会話を余儀なくされてるんだけど」
「あっ…うん…」
「…動いていい?」

後ろでイくと賢者タイムがないから再戦が苦痛じゃない、って聞くけど、そもそもオレは出したあとも、賢者として煩悩を振り払ったりすることがあんまりない。とはいえ、全身が痙攣するくらい感度の高まった敏感なカラダを、湊の凶悪なモノで擦られるとさすがに耐えられない。

 

「湊っ…湊、湊…手加減して…湊…みな…」
「…できるわけない」

この男は本当に十日ほど前まで童貞だったのか!?

「湊…みなとぉ…ゴリゴリ当たっ…湊…」
「痛い?」
「痛くない…カラダ変になる…湊…み…なと…っ…」
「もっかいイこ? 久御山…」
「あ、あ、あ、みな、湊、湊っ…あかん、飛ぶ…意識飛ぶ…湊…」
「…は…っ…あ…イく……賢颯…」
「ひっ…あ…あかんっんん…」

 

 

「……ズルいわ」
「何が?」
「あそこであんな風にあんな声で名前呼ぶとか」
「や、別に狙ったわけじゃ……」
「オレ、ヤラれっ放しじゃん…」
「…久御山、高まると関西弁になるの、興奮する」
「は?」
「無意識なのが、尚更…」
「……恥ずい」
「おまえをこんなに可愛いと思う日が来るとは思ってなかった」
「やめろ…舌噛むぞ…」
「…どうぞ?」
「おまえのじゃねえよ!」

 

考えなくちゃいけないことは山ほどある。七種のこと、遥さんのこと、シロクロのこと、冬慈さんと蜜さんのこと、それからシロクロが置いて行ったこのデカい荷物のこと。

でも、そのどれよりも湊とつながりたい気持ちが最優先になるのは、湊が恋しいからなのか、オレが下半身で物事を考えるからなのか……隣で寝息を立てる湊の体温が、すべてを受け入れてくれるような気がして…

 

……さて、この元気に勃ち上がった愚息をどうするべきか、それが問題だ。